コラム

「新しい」生産性向上のポイント
人が「動く」「出会う」「親しむ」

今後の経済成長と、私たち一人一人の豊かさのカギを握っている「生産性」。各企業が生産性を上げていくために持つべき視点について、本特集の監修を務めていただいた、明治大学政治経済学部教授の飯田泰之先生に、ご意見をうかがいました。

※冊子内容の続き、WEB限定版記事をご覧の方はこちらからお読みください。


ideanote vol.149 新しい「生産性向上」のススメ


業務効率化だけではない「新しい」生産性向上のあり方

ベルトラン競争に陥らないことが、生産性向上には必要

生産性向上に成功する企業と失敗する企業の差は、どこにあるのでしょうか。まず、失敗する企業にありがちなのが、価格を他社より1円でも安くすることで市場での需要を独占しようとする、ベルトラン競争に陥ることです。確かに、ある程度財務上の余裕があって、リストラをしないでいられる余地があると低価格戦略で仕事をとりたくなります。しかし、この競争に勝つことで生産性を維持・向上させようと考える企業は、血のにじむような業務改善とリストラをやるしか術がなくなり、利益はなかなか上がらなくなります。

実際、ベルトラン競争が始まると、その業界は停滞してしまいます。かつて、ファストフード業界がこれに陥り、ハンバーガー1個が60円台まで落ち込みました。その後、各社はリーズナブルな商品だけでなく、ちょっとぜいたくでオリジナリティのある商品をメニューに加えるなどして息を吹き返していきましたが、業界全体が復活するまでには、かなりの年月を要しました。


企業の生産性を向上させるポイント

リストラでもベルトラン競争型でもなく生産性を向上させるには、イノベーションを起こして新しいアイデアや販路を生み出し、ビジネスモデルを更新していかなければなりません。そして、それを思いつくのは人です。そこで私は、生産性向上のポイントとして、人が「動く」「出会う」「親しむ」の3つを挙げています。

まず、「動く」と「出会う」ですが、どんなときに人はアイデアを思いつくでしょうか。人が動き、今までに会ったことがないタイプの人と出会い、刺激を受けると、アイデアの種が得られることが多いはずです。例えば、社外の勉強会などで他業種の人と出会い、今までにない視点に気づいた経験を持つ方は少なくないでしょう。そうした社外の人々とのコネクション構築のために、企業が積極的に研修費を出して支援するのも、出会いを生む方法の一つだと思います。

人が動き、出会うことで良いアイデアを思いついたら、次は「親しむ」が重要になります。アイデアを実現するには、ある程度深く、互いに分かり合っている関係性が力を発揮するからです。新たな製品やシステムを作り出す過程においては、社内の共通ルールや特殊な知識を共有し、阿吽(あうん)の呼吸の者同士のほうが、効率よく遂行できるはずです。

つまり、人が動くことで出会い、新しいアイデアが生まれ、人と親しむことで、アイデアを実現する。この3つのプロセスをうまく組み合わせることで、企業の生産性は向上すると、私は考えています。社内で人が動くだけでも、出会いが生まれるので、人事異動の効果も見逃せません。ただし、あまり動かしすぎると「親しむ」機会が減ってしまうので、そのバランスもポイントになってくるでしょう。

企業の生産性を向上させるポイント

人の「集積」による生産性向上と業務効率化

もう一点、私が注目しているのが、「集積」による生産性の向上です。これは、同じような仕事をしている人が一か所に集まることで完成します。企業が集まり、従業員の住居も集めるのです。同じような業種の人材が一か所に集まると、インフォーマルな交流が生まれやすくなり、そこにアイデアが生まれ、結果的に各企業の生産性も向上します。シリコンバレーなどが、その典型です。

そもそも、日本における一番単純な業務効率化は、通勤時間を短くすることだと思います。会社の近くに皆が住めば、時間的・精神的にゆとりができるのはもちろん、従業員同士の意思の疎通も高くなり、部署を超えた付き合いも広がりやすくなります。
物理的な「集積」が難しい場合は、新しいテクノロジーの活用などにより疑似的に「集積」する方法もよいかもしれません。それによって有効な場と時間を作り出すことも可能でしょう。


最も大切なのは、生産性向上の方針が明確で、社内に浸透していること

実際には、生産性を向上させる方法は、会社の規模や特徴、扱っている商品、従業員を取り巻く環境などによって一律ではなく、様々な形があるはずです。これまで触れてきた以外にも、例えば、商品やサービスのバラエティを広げて新たな顧客層をつかむ、超高級路線を確立する、社内ブランドをターゲットごとに上手に切り分けるなど、まだまだ色々な方法があると思います。

ただし、もっとも重要なのは、その会社の生産性向上の方針が明確であることです。生産性が向上しない会社は、その方針が数年ごとに行ったり来たりしがちなのです。業務効率型なのか、イノベーション型なのか、あるいはリストラ型なのか。企業はその方向性をしっかり定め、社内に十分に浸透させるべきです。そして、もっとも望ましいイノベーション型の生産性向上を成功させるには、今一度その会社が社会に提供してきた価値の本質を見直し、中長期的な視点で新たな商品やサービスを生み出していくことが必要でしょう。


売上が伸びる可能性がある部門に労働力を移動させるだけで、生産性は向上する

ここからは、主にマクロ(日本全体)の視点で、生産性について考えてみたいと思います。日本の生産性が一気に向上したのは、高度経済成長期です。理由はいくつかありますが、その一つが、人の移動です。若者たちが農村部から都市部や工業地帯に移動してきたことで、生産性が一気に向上したのです。「金の卵」と呼ばれた彼らですが、経験もスキルもない人々が移動してきただけで、なぜ日本の生産性を爆発的に上げることができたのでしょうか。それは、生産性が低かった農村部から、生産性が高い都市部に人が移動したからです。

当時の農村部は、もともと狭い土地を耕して農作物を作っていたので、人数が減ってもそう簡単に総生産量は落ちませんでした。しかし、都市部の工業や商業は、人が増えれば増えるほど、総生産量はどんどん上がる状況でした。だから、労働力が農村部から都市部に移動しただけで、日本全体の生産性は上がったのです。つまり、特別能力が高い人員をそろえなくても、売上が伸びる可能性がある部門に労働力を移動させるだけで、生産性は向上するのです。この点は、ミクロ(企業)の生産性でも、同じことが言えるでしょう。適切な部署に、適切な量の人材を移せば、生産性が上がる可能性があるわけです。

生産性向上

サービス産業の発展が日本の生産性を向上させるカギ

日本国内の生産性は、過去30年間で見ると、製造業の大企業が向上しているのに対し、サービス産業は、大企業がほぼ横ばい、中小企業はやや低下している状態です。なぜ、日本のサービス産業は、生産性が上がらないのでしょうか。その理由は、大きく2つあると思います。

まず、多くの大企業がリストラ型の生産性向上を行った結果、国全体として景気が低迷したからです。サービスは生きるために必ずしも必要なものではないことが多いため、景気が低迷すると、サービスにお金を使う人が減ってしまいます。

もう一つの理由としては、そもそも日本人はサービス、つまり形のないものにお金を払う習慣が乏しいことが挙げられるでしょう。それは、日本人が「サービス」を「無料」という意味で使ったりすることからも、うかがえると思います。ただし、その感覚は徐々に変わりつつあります。現在40歳以上の人はネットワークコンテンツにお金を払うのを嫌がる人が多いですが、サブスクが広まったことで、若い人を中心に、サービスや形のないものにお金を払うのも当たり前という感覚が浸透し始めています。今後、DXやさまざまな施策により、日本の約7割を占めるサービス産業の生産性が向上すると、日本の生産性全体の底上げになります。


社会全体の生産性向上が国民の豊かさにつながる

今後、日本全体の生産性を上げるには、各企業がそれぞれに生産性を上げていくほかありません。それも、高利益を生むイノベーション型で生産性を上げていくことがやはり重要です。リストラ型ではなくイノベーション型で生産性を上げる会社が増え、個人所得が増えると、サービス産業にお金を使う人も増えてくるでしょう。生産性が低かった日本のサービス産業の売上が伸びるようになれば、さらに社会全体の生産性が伸びやすくなるはずです。つまり、現在のサービス産業の生産性の低さは、日本の伸びしろになっているとも言えるわけです。

例えば、わずか400円前後で、あのクオリティの牛丼が食べられることに、外国の方などはよく驚かれます。今後、お手頃な牛丼を作り続ける業態があってもいいし、もうちょっとハイクオリティの牛丼を作る業態が出てきてもいい。ラーメン業界などは、そうしたブランドの差別化が進んだ結果、業界全体の生産性が上がったと思われます。アイデア次第で、日本のサービス産業の生産性は、これからいくらでも上げられるはずです。そうなれば、結果的に日本全体の生産性が上がり、国民が今よりも豊かさを感じられるようになるでしょう。

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最後に、記事に関連して、生産性向上に貢献するTOPPANのソリューションをご紹介いたします。

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Core Learn


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販速部長


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NoEROR

飯田泰之(いいだやすゆき)さん

1975年生まれ。エコノミスト。明治大学政治経済学部教授。東京大学経済学部卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。内閣府規制改革推進会議委員、株式会社シノドスマネ-ジングディレクターなどを歴任。専門は日本経済・ビジネスエコノミクス・経済政策・マクロ経済学。主な著書に、『日本史に学ぶマネーの論理』(PHP研究所)、『経済学講義』(ちくま新書)などがある。

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2022.10.31

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