コラム

日本企業の現状を探る
生産性の基本とは

生産性は、経済成長と密接な関係にあります。国内の生産性は過去30年間で見ると、製造系大企業に限っていえば、実は大幅に向上しています。一方でサービス産業については、やや低下しているか、横ばい、という状態です。こうした推移を、私たちはどう捉えるべきなのでしょうか。日本企業の生産性の現状を探るため、経済学者・エコノミストとしても活躍されている明治大学政治経済学部の飯田泰之教授に、「生産性のキホン」について解説していただきました。


ideanote vol.149 新しい「生産性向上」のススメ


飯田泰之(いいだやすゆき)さん

Q.1 生産性とは何か?

A. 生産性とは、生産に投入される労働・資本などが、生産にどれだけ貢献したかを示す数値のことです。売上から原材料費を差し引いたものが付加価値=いわゆる粗利であり、この粗利を〝何か〟で割ったものが、生産性です。労働者数または労働時間で割れば「労働生産性」ですし、資本の評価額で割れば「資本生産性」となります。一般的にビジネスの世界で使われる「生産性」は、「労働生産性」を意味していることが多いでしょう。

Q.2 生産性の計算式は?

A. 生産性は、付加価値(粗利)を〝何か〟で割ったものですから、下記のような、明確な計算式で表すことができます。付加価値は、「付加価値率(売上高に占める付加価値額の割合)×売上」でも表すことができます。

労働生産性=付加価値(粗利)÷労働者数(時間)

〇付加価値率の計算方法とは?
付加価値額=全ての売上合計金額-(材料費などの売上原価金額)
付加価値率(%)=付加価値額÷全ての売上合計金額×100

例:売上100万円、原価が50万円の場合、付加価値額は50万円。
50万円÷100万円=0.5 →付加価値率は50%
付加価値率×売上=50%×100万円=50万円=粗利

〇全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)の計算方法とは?
労働や資産を含む投入した全ての要素に対して得られた成果の割合を示すものに、「全要素生産性」があります。通常、労働人数や資本量などの全ての要素を数値化して計算することはできないため、導き出すには数学的テクニックが必要になります。ビジネスパーソンが注目するのは労働生産性なのに対して、経済学者が注目するのは、全要素生産性です。例えば、下記のような計算方法で導き出します。

(全要素生産性)=(得られた成果物)÷(労働投入量)α(資本投入量)1-α

上記のαは労働分配率、(1-α)は資本分配率を表しており、分析する際、任意に設定して、全要素生産性を求めます。

Q.3 労働生産性は、企業の状態を表すもの?

A. 企業だけでなく、国の状態を表すものとしても、よく使われます。一般に、国全体の労働生産性を「マクロの労働生産性」、企業の労働生産性を「ミクロの労働生産性」といいます。マクロの労働生産性は、GDP(国内総生産)を労働者人口で割ったもので、ミクロの労働生産性は、その会社の粗利を労働者数で割ったものになります。マクロの生産性とミクロの生産性は、計算方法上は、特別な違いはありません。

Q.4 生産性はなぜ重要なのか?

A. 私たちの生活の豊かさを測る、一つの基準となるからです。国民が経済的豊かさを実感するのはGDPの高さではなく、一人ひとりの収入が高いかどうかで、ここに密接に関わるのが、国民一人あたりの労働生産性です。例えばルクセンブルクのGDPは日本とは比べ物にならないほど低いですが、一人あたりの労働生産性は約158,681ドル(1,630万円)と世界トップクラスで、平均賃金は約75,305ドル(772万円)。一方、日本の一人あたりの労働生産性は約78,655ドル(809万円)。平均賃金は約40,849ドル(412万円)に過ぎません。

出典:OECD -Terms & Conditions「平均賃金2021」  
   公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2021」

Q.5 労働生産性はどうすれば上がる?

A. 労働生産性を上げるには、計算式の分母を減らすか、分子を増やすしかありません。企業の場合、方法は3つ。労働者数または労働時間を減らすか、売上を伸ばすか、付加価値率を上げるか、です。より具体的には、リストラを行う、業務を効率化する、売上が上がるようにより良い製品やサービスを開発する、原価を下げる方法を探る、売上を落とさない範囲で値上げを行う、といったことが考えられます。

Q.6 労働生産性向上とは、業務効率化のこと?

A. 労働生産性の向上は先述の通り、生産性の計算式の分母を減らす、もしくは分子を増やすことで実現されます。一方、業務効率化とは、投資した労働の量を減らして計算式の分母を減らしたり、コストを下げて計算式の分子を増やしたりすることを意味しています。つまり業務効率化とは、生産性向上のための一つの方法、ということになります。

Q.7 業務効率化をすれば生産性は上がる?

A. 必ずしも上がるとは限りません。業務効率化をして労働時間を減らせれば、1時間当たりの労働生産性は確かに上がります。しかし、時間に余裕ができると、〝他の事もやってください〟ということが起きがちで、かつ、それが利益に結びつく業務とは限らないケースが少なくないのです。業務効率化で得られた時間を、リフレッシュや休養に充てる、新たなイノベーションの開発に充てるなど、有効な使い方ができれば、生産性は向上します。

Q.8 機械を導入すれば生産性は上がる?

A. 製造業で、販売量に伸びしろがある企業の場合、製造スピードが上がる機械を導入すれば、生産性は上がります。ただし、マクロ経済の視点で見た場合、日本の労働者の7割以上が従事しているサービス業では単純にハードの導入による生産性向上との関連性は高くありません。製造業、サービス業に関わらず、生産性を上げるためにはハードの導入とともにマーケティングや教育といったソフトの導入も必要になります。

Q.9 能力が高い従業員を雇用すれば生産性は上がる?

A. 実は、上がるとは限りません。優秀な従業員を雇用しても、その人が能力を十二分に発揮できなければ意味がないからです。労働生産性とは、とどのつまり「人が発揮する能力」のことになりますが、それは単に優秀な人材を採用すればいいわけではありません。同じ人物でも、部署や環境が変わっただけで、パフォーマンスが大きく変化することがあるからです。

Q.10 人員削減をすると、労働生産性は上がる?

A. リストラで人員を削減すると、労働生産性を表す計算式の分母が減るので、企業(ミクロ)の労働生産性は確実に向上します。ただし、リストラには限界があり、リスクもあるので、あまりおすすめはできません。また、多くの企業が人員削減により個々の生産性を上げると、国内に失業者が増えることになり、国全体の労働生産性は下がります。国(マクロ)の生産性については、国は国民をリストラできませんから、労働者数(分母)を減らして生産性を上げることは不可能です。


人員削減型の生産性向上は、本当に正しい選択なのか?

ここ30年で、日本の製造系大企業の生産性は約3割上がっていますが、その上昇の理由のほとんどは、人員削減によるものでした。そして、多くの企業が人員削減を行ったため、失業者が増え、日本全体の労働生産性は低下してしまったのです。また、約30年にわたり、多くの大企業が人員削減で生産性を上げてきた結果、技術力が落ち、残念ながら、すっかり世界のトップラインから落ちてしまいました。つまり、人員削減型の生産性向上は、企業にとっても日本全体にとっても、必ずしも有益な方法とはいえないのです。各企業が、人員削減ではなく、付加価値率を向上させ新たなイノベーションを開発し、生産性を上げるにはどうすればいいのか。それこそが、私たちの未来にとって重要なテーマといえるでしょう。

関連コラム「実在する企業の取り組みに見る 企業の生産性向上に必要な4つの要素」では、企業の生産性を上げる要素についてご紹介しております。ぜひご覧ください。

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飯田泰之(いいだやすゆき)さん

1975年生まれ。エコノミスト。明治大学政治経済学部教授。東京大学経済学部卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。内閣府規制改革推進会議委員、株式会社シノドスマネ-ジングディレクターなどを歴任。専門は日本経済・ビジネスエコノミクス・経済政策・マクロ経済学。主な著書に、『日本史に学ぶマネーの論理』(PHP研究所)、『経済学講義』(ちくま新書)などがある。

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2022.10.31

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