地域と共に課題解決と発展を目指す
「ICT KŌBŌ®」
- 凸版印刷株式会社
- DXデザイン事業部
- 堀田 瑞穂(ほりた みずほ)
TOPPANの次世代DX 開発拠点である「ICT KŌBŌ®」は、システム開発体制の構築とデジタル人財の強化や、地域の人々・企業との交流による新事業創出などを目的に設置されたサテライトオフィスです。地域活性化に向けて新たな形でのパートナーシップを推進する開発拠点の役割や、2020年に初めて長野県に開設された「ICT KŌBŌ® IIZUNA」の取り組み事例についてご紹介します。
※掲載の企業名・所属名は2023年5月時点のものです
ICT KŌBŌ®とは?
新しい働き方・企業の在り方を生み出し、地域発のイノベーションを目指す場所
ICT KŌBŌ®は、地元のICT人財を育みながら、地域とのつながりをつくることによって、新しい働き方・企業の在り方を生み出すための場所です。「KŌBŌ=工房」という名前が示すように、エンジニアのためにオフィスのスペースを広く取っており、ストレスなく集中できる環境となっています。
全国5ヵ所に設置された拠点では、地元の自治体や企業の人々とのコミュニケーションを重視し、こちらから積極的に働きかけることで、地方に支社を構えるだけではできない価値の創出を目指しています。
実際に、自治体の方から「こんなことはできないか」と直接ご相談をいただく機会も増えています。リモートでやりとりができる時代とはいえ、密接な距離のコミュニケーションを通して、分かることや生まれる人と人のつながりもあります。地域とのつながりを大切にしながら、ICT KŌBŌ®とそこから発信するDX事業を起点に、新しいイノベーションを創出していければと思います。
5つのミッションを主軸に、 ICT KŌBŌ®の活動を展開
ICT KŌBŌ®には「雇用創出/人財採用」「ニアショア開発」「新規ソリューション開発」「新規研究開発」「行政との連携」の5つのミッションがあります。
まず、地域との共創を進めていくうえで「雇用創出/人財採用」は重要な取り組みです。TOPPANではDXを加速するため、システム開発体制の構築とデジタル人財の強化を進めており、ICT KŌBŌ®では、UIJターン※や地元での就職を希望する優秀なエンジニアを採用しています。IIZUNAでは、地元の教育機関と連携してインターンを受け入れながら、現在の社員数は14名へと拡大しています。拠点内では、独自の研究開発やソリューション開発に取り組むとともに在京のお客さま向けのシステム開発をTOPPANの在京部隊と連携して行う「ニアショア開発」も行っています。
地域の仕事・雇用の創出に関して言えば、閑散期の農家の方や主婦、大学生などに「システムテスト業務」を依頼しています。システムテスト業務は、開発したアプリケーションをお客さまへ送り出す前に必要な工程で、プロトタイプのアプリを使用してもらいプログラム中の不具合やシステムの欠陥を発見するものです。地域に仕事や雇用を生み出し、TOPPANにもメリットが生まれる、双方にとって良い関係を今後も築いていければと考えています。
※地方から都市部に移住後、再び故郷の地方に戻るUターン、 地方から都市もしくはその逆の移住を行うIターン、地方から都市への移住後、地元に近い地方都市圏に移住するJターンの3つをまとめた総称。
地域に山積する課題をアイデアと技術で解決していく
ICT KŌBŌ®では地域の課題を解決する「新規ソリューション開発」に注力しています。サテライトオフィスを構える地域の課題解決に、エンジニアの「ものづくりの視点」で貢献していく取り組みです。例えば、2022年5月にリリースした「PosRe®」が挙げられます。これは、地元のPTA会長へのヒアリングから着想を得て生まれた、自治体の「要望集約業務」を効率化するDXソリューションです。
IIZUNA発の取り組みとしてもう一つ、遠隔コミュニケーションサービス「RemoPick®︎」があります。スマートグラスとタブレットなどを用いて遠隔地をリアルタイムにつなぎ、スムーズなコミュニケーションを実現するものです。このサービスは「農作業中に使用する防塵用ゴーグルを通して、農家を引退した高齢者が自宅にいながら、新規就農者に作業を教えられたらいいね」という農家の方の言葉をヒントに生まれました。「RemoPick®︎」を用い、飯綱町のりんご圃ほじょう場と大阪のイベント会場をリアルタイムで接続した「バーチャルりんご狩り」や、高齢者のための買い物支援の実証実験などを実施しています。今後は、教育・観光・流通など幅広い場面で利用ができると考えています。
こういった新規ソリューション開発を推進するために必要な「新規研究開発」にも注力しています。例えば、りんご栽培における選果作業は、ミスがあるとクレームに直結するため、重要な作業です。しかし、自動選果機は高額で小・中規模の農家では導入が難しく、人が熟練の感覚で行っているのが現状です。そこで、小・中規模の農家が安価で効率的な選果を実現するために、「スマートフォンを用いた選果アプリケーション」の開発を進めています。
開発にあたっては、地域の方々の声や課題を聞くことを大切にしています。IIZUNAでは開設当初より、東京から赴任した社員は地域を知るために、主要産業であるりんご栽培の方法やりんご農家の実情を学んでいます。農家の方のお仕事は想像以上に複雑かつ感覚によるものが多く、素人では判断がつかない場面も多々あり、経験していく中で、農業の難しさや課題を実感しました。
課題は地域の中に山積しており、私たちのアイデアと技術で何とか解決できないか、と考えさせられるシーンに出くわします。当事者の方とのコミュニケーションは、課題の発見や解決策の検討でも重要なものとなっており、地域の方々の声や課題を身近に聞くことができるという点で大切なのです。
行政や教育機関とも連携し、地域に密着して課題解決策を導入
地域の方々とのコミュニケーションに関して言うと、「行政との連携」も密に取り組んでいます。例えば、防災や行政業務の負荷軽減を目的にLPWA 「ZETA※」によるセンサー網を飯綱町全域に導入しました。これは、スマートシティやスマート農業などの推進に寄与することができます。先ほどお話しした「PosRe®」とも連携することで、「PosRe®」を監視システムとして利用することができます。飯綱町は豪雪地帯であり、積雪量を計測するセンサーの研究も行っています。除雪車の出動タイミングは雪見当番である職員の深夜の見回りによる目視で判断されますが、山間部では場所によって積雪量に差があり、現地にまで赴く必要がありました。ZETAを活用し、センシングで積雪量を判断することで、職員の業務負荷軽減が期待されています。
このほかにも、学校でのプログラミング教育支援も行っています。文部科学省では小・中・高の授業におけるプログラミングの導入を義務化していますが、教育現場では技術的ハードルの高さからスムーズに導入できていないのが実情です。そのため私たちは、飯綱町役場・小学校と連携してデジタル教材の制作支援を行い、クラブ活動や授業での実施サポートなどを行っています。こういったさまざまな課題の抽出のために飯綱町とTOPPANは定例ミーティングを実施し、日頃からざっくばらんに意見を交換しています。
※ZETAは、低消費電力・長距離通信・低コストを兼ね備えたIoT向け通信インフラ。通信しにくい場所でも低コストで通信エリアを広げられ、中継器との接続が切れても迂回することで通信を保つことができ、低消費電力通信が行える、IoT向けのLPWA(Low Power Wide Area)。
スピーディーに試行錯誤できることがサテライトオフィスの強み
私たちICT KŌBŌ®の社員は、拠点を構える地域に住みながら、その地域が抱える課題に向き合っています。現地にオフィスを構えているからこそ、地域の方々と交流が生まれ、深くその地域を知り、共に考え、サービスを生み出し、提供することができます。また、エンジニア自らが地域の方とコミュニケーションを取っているのもサテライトオフィスの特徴です。いち早くものづくりに取りかかれるからこそ、トライアンドエラーのサイクルをスピーディーに回すことができます。
実際に農家の皆さんからも、「バーチャルりんご狩りのような体験は、農家だけの力では提供できなかった。TOPPANが飯綱町に来た意義を感じた」という話をお聞かせいただくことも多く、社員のモチベーションも高まるばかりです。
また、働く側にとっては、のびのびと働けるオフィス環境もモチベーションを高める要因になっていると感じています。廃校となった小学校にサテライトオフィスを構えているので、大きな窓から光を浴び、季節の移り変わりを感じ、子どもたちが元気に遊ぶ声からは癒しをもらっています。首都圏からの訪問者は「ストレスフリーな働き方ができそうで、うらやましい」と口にすることも多いです。
持続可能な豊かなくらしのためのスキームを模索していく
ICT KŌBŌ®のサテライトオフィスは現在5拠点に拡大しました。拠点によって地域の特色も抱える課題も異なり、それぞれに求められるアイデアを提供できれば、TOPPAN全体として多様なソリューションを創出しやすいというメリットがあります。地域にとっては、未来へ向けて生活のありとあらゆる場面にある課題を解決し、豊かなくらしを送れるソリューションを共創する場としていければと考えています。
ある意味、地域の方々が抱える課題は、TOPPANにとって「宝の山」ともいえます。ある拠点から生まれたアイデアや技術をその拠点だけの利活用で終わらせることなく、そこにあるアイデアの種をさらに育てていくことで、別の地域、ひいては全国各地にまで広げていくことができると考えています。
そのために、これから私たちが取り組むべき課題は、いかに地域と共に持続可能な形を構築していくかということ。地域との連携をより多くの地域プレーヤーを巻き込んで展開できるかを考えていくことも重要です。そのための体制やスキームづくりを検討しながら、一過性の取り組みでは終わらせないような推進方法を模索しています。
今後も、地域の方々や企業との交流によって新事業を生み出し、地域を一緒に盛り上げられるように、まい進していきたいです。
凸版印刷株式会社 DXデザイン事業部 堀田 瑞穂(ほりた みずほ) 2020年入社時よりICTKŌBŌ® IIZUNAに配属。 2023年より新設のICTKŌBŌ® HAKODATEに在籍。 |
ご担当の方のコメント
持続可能な地域社会のためのDX推進を目指して
少子高齢化による労働力の減少、経済規模の縮小への対応や、アフターコロナを見据えた「新たな日常」の構築が求められる中で、飯綱町では「住民アプリ」の提供、各種手続きのオンライン化、無線通信技術を活用したセンサーの設置、効率的な行政の運用などさまざまな取り組みを進めています。今後のDX推進には近隣自治体や民間企業等との情報交換も必要です。TOPPANさんなど民間企業が保有するネットワークやノウハウ等の地域課題の解決への活用や、ビジネスにつながる事業の展開により、質・費用対効果の高い、持続可能なサービスの提供を期待しています。
農作業中の会話がきっかけで 生まれた新たな試み
Remopick®は、「作業中にゴーグルから指示が出せたら、農業を引退した人なども自宅に居ながら働ける」というTOPPANさんと私たちで一緒に行った摘果作業中の会話から生まれました。約6ヵ月の間、雨風や日照りを乗り越えたりんごには、欠点と呼ばれる色むらや枝ずれがあります。それも「個性」として、コロナ禍の都会の消費者にも良さが伝わると思い、私たちからこの技術を使って大阪のイベントに「飯綱のりんご畑を持って行こう」と提案しました。今後もTOPPANさんには地域に根を張っていただき、選果アプリケーションによる作業効率化やおいしさの見える化、DtoC販売時の品質保証など個人農家が使えるツールの開発を期待しています。
【PICK UP!】遠隔コミュニケーションサービス「RemoPick®(リモピック)」
スマートグラスを活用した「バーチャルりんご狩り」を開催
2020年11月、ICT KŌBŌ® IIZUNAと地元果樹農家が協力し、大阪で開催されたイベント「りんごマルシェ」で遠隔でりんご狩りが体験できる「バーチャルりんご狩り」を実施しました。この体験では、りんごの圃ほじょう場の園主が装着するスマートグラスからの映像を参加者のタブレット端末に表示します。参加者は、圃場で作業している目線の臨場感のある映像を見ながら、音声やポインターなどでタブレット画面を操作。園主との相互コミュニケーションを楽しみながら、遠隔地からりんご狩りを実現しました。
この取り組みはコロナ禍で参加が難しくなっていたフルーツ狩りなどの農業体験を新たな形で実現しました。また、消費者と生産者がつながる場をつくり、農産物へのこだわりを、伝えるきっかけにもなりました。
2023.06.06