TOPPAN データ統合顛末記⑤
番外編:データ統合のその先の未来へ
本シリーズではこれまで、TOPPANのデータ統合プロジェクトについて、課題、道のり、成果、そして今後の展望を紹介してきました。番外編となる今回は、特別ゲストにゼロワングロース株式会社 代表取締役の丸井達郎氏をお迎えし、TOPPANのデータ統合の取り組みを外部識者の視点から掘り下げます。
TOPPANのデータ統合は、果たして世界の標準から見てどのレベルにあり、そしてそこから得られた知見を踏まえて、日本企業は何を行うべきなのか?
丸井氏との対談を通して、データ統合のさらなる可能性と未来を探ります。

丸井 達郎 氏
ゼロワングロース株式会社 代表取締役
株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてグローバルでわずか6名しかいない重要顧客を支援する戦略コンサルティングチームに所属し、グローバルで活用される再現性の高い戦術設計フレームワークで、多くの顧客企業のデジタル変革を成功に導く。GTM戦略の立案から、マーケティング・セールスのテクノロジーまで幅広い知識を有す。自身もマーケターとして、企業の成長に大きく貢献した経験を持つ。テクノロジースタートアップ企業の海外進出も従事した後、2021年ゼロワングロース創業。仏INSEADにてCGM(Certificate in Global Management)プログラム修了。
著書に「数字指向」のマーケティング データに踊らされないための数字の読み方・使い方(MarkeZine BOOKS)とマーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識」(MarkeZine BOOKS)、レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識(MarkeZine BOOKS)がある。
ゼロワングロース株式会社とそのビジョン
はじめに、ゼロワングロースが提供されているサービスについてお聞かせください
丸井氏:はい。弊社は、マーケティングおよび営業領域のデータやテクノロジーのオペレーションモデル構築に注力してきました。RevOpsやMOpsといったコンセプトは、欧米では以前からあるコンセプトですが、日本で語られることは非常に少なかった。当社はこれらのフレームワークを体系的にまとめ、コンサルティングや人材育成という形で日本市場に向けて提供することを仕事にしています。MOpsやRevOpsというキーワードで、専門書を日本ではじめて書いた会社でもあります。
【グローバル標準の戦略及び戦術設計】

実は私たちの会社には、自社でゼロから生み出したノウハウやナレッジは一つもありません。どういうことかと言うと、私自身が前職で在籍していたグローバルチームや世界各国のマーケットや業界カンファレンス、クローズドなネットワークなどを活用し、最先端の事例やフレームワークを徹底的にリサーチしてきました。そして、多くの企業に共通する成功パターンを抽出し、体系的に整理したうえで、それらを日本市場に適応可能なかたちで分かりやすく提供することを心かげています。
0から試行錯誤するより、ある程度の実績のあるフレームワークを取り込んで最適化した方が、スピード感が遥かに上がります。私たちの最大の強みは、こうしたグローバル企業が実践し、実際に成果を上げているエッセンスをタイムリーに取り入れ、日本のビジネス環境に最適化して届けられることにあります。
なぜ、これらのサービスを日本市場向けに提供しようと考えられたのでしょうか?
丸井氏:私がマルケトのグローバルのごく少数メンバーで構成されるコンサルティングチームに参画した時の経験がきっかけです。そのチームは専門的な戦略や戦術知識を持つメンバーで構成され、グローバルで活用される再現性の高い戦術設計フレームワークを用いて、多くの顧客企業のデジタル変革を成功に導きました。
そこではマーケティング施策よりも、組織のガバナンスモデルやプロセスマネジメントなど、戦略を実行に落とし込むオペレーションモデルの構築、言い換えると戦略を実行する戦術設計について深く議論がされていました。それまであまり聞いたことがない内容ばかりで最初は戸惑いましたが、これらの知識を深めるにつれて、SalesforceやMA(マーケティングオートメーション)などのツールの機能がなぜ存在するのか、どのように活用すべきなのかが、初めて理解できました。
そして、なぜ日本ではこれらの知識がほとんど共有されていないのか?そしてそのために多くの企業がツールを十分に活用できていないのでは?と気づかされました。だから日本ではSalesforceが単なる商談情報の台帳になっていたり、MAがメルマガ配信ツールにしかなっていない、といった状況が生まれているように思えたのです。
一つの要因として、日米のキャリアパスの違いが挙げられます。アメリカではマーケターは専門職で深く追求し、転職も一般的。知識を持った人材が企業を渡り歩く前提で、標準化されたオペレーションモデルが形成されています。一方、日本では、ほとんどの社員がさまざまな業務を経験するゼネラリストとしてキャリアを積むことが多く、専門性を深めるための学習期間も限られています。その結果、海外のベストプラクティスとの間にギャップが生じ、ツールを十分に活用できないという課題が生じていると考えられます。
これらの課題を解決するために、私たちは標準的なオペレーションモデルに関する知識を提供し、最先端のベストプラクティスを日本企業に紹介する役割を担おうと考えました。
【レベニュー組織の課題は戦術設計にある】

内田さんは、丸井氏に何を期待されたのでしょうか?
内田:TOPPANではデータ統合基盤の構築と活用について、ある程度の形が見えてきた段階でした。しかし、データとシステムを統合する中で、自分たちの進むべき方向が本当に正しいのかという不安が、ずっとありました。そこで、グローバルな視点を持つ丸井さんに、TOPPANの取り組みを評価していただき、今後の方向性についてアドバイスをいただきたいと考えたのです。

データ統合における戦略・戦術設計の重要性
丸井さんがおっしゃる「標準的なフレームワーク」とは、具体的にどのようなものですか?
丸井氏:標準的なフレームワークとは、戦略、戦術、実行という3つの階層に整理されたオペレーションモデルです。多くの日本企業では、Webサイトのリニューアルやツールの導入などのエグゼキューション、いわゆる実行レベルから取り組み始める傾向があります。しかし、なぜそのツールが必要なのか、どのような戦略に基づいて導入するのかといった前提条件が十分に議論されないまま、進めてしまうケースがほとんどです。
一方、欧米の企業では、Go-to-Market戦略やプロセス設計といった戦術レベルの検討が綿密に行われ、その上でツールが導入されます。つまり、戦略が土台にあり、戦術が中間層として存在し、その上に実行が位置づけられるという構造になっています。
この標準的なフレームワークは巨大IT企業から製造業など、あらゆる業界の企業で共通して活用されています。そして実は、SalesforceやMAなどのSaaSプロダクトはこのフレームワークをベースに設計されているため、この標準的なフレームワークを理解していないと、ツールを適切に活用することが難しいのです。
TOPPANのデータ統合の取り組みは、このフレームワークに照らし合わせると、どの段階にあると言えるのでしょうか?
丸井氏:ガバナンスという点が、多くの日本企業に比べ特にTOPPANが優れているポイントです。ヒアリングを通じて約1か月間のアセスメントを実施したのですが、私は特にTOPPANのチームが、この2年間という短い期間で多くのタスクや統合プロジェクトを進められた要因について興味を持っていました。
そして分かったことは、TOPPANがオペレーションを効率よく回すためのガバナンスをよく理解されているということでした。CoE(センターオブエクセレンス)という言葉がありますが、TOPPANでは管理すべきところはしっかり集中管理する体制ができており、それが意思決定や変更への迅速な対応につながっています。
例えば、何百という事業がある企業で、それぞれが勝手にCRMを導入し、会社の中に20、30ものSalesforceの環境やマーケティングを行う環境があるケースを考えてみましょう。そのような状況で、「明日からシステムを一つにまとめます。勝手なことはしないでください」と言ったら、現場は大混乱に陥るでしょう。
しかしTOPPANの場合、最初からある程度セントラルでコントロールできているものを、徐々に各部門に権限委譲していく進め方をしています。これはスムーズに進めるための重要なポイントであり、TOPPANの取り組みの素晴らしい点です。実際、グローバルでテクノロジーやデータ活用がうまくいっている企業のほとんどが、セントライズモデル、つまり集中管理から始めて、適切に権限委譲して適正なバランスを持ったハイブリッドモデルに行き着いています。
【ガバナンスモデル 理想的なステップ】

なるほど。TOPPANの取り組みとその成果は、日本企業においては貴重なケースなのですね。
丸井氏:そうですね。多くの企業で根本的な問題点を探っていくと、実はガバナンスモデルに行き着くことが多い。そこに気づいて大きな変革をしようとしている企業がここ数年増えています。
もちろん、アセスメントの結果、改善の余地がある点も多々ありますが、それらは後々でも解消できます。具体的には、グローバルの標準的なベストプラクティス、そしてそれと密接に関わる戦略のプロセス部分に人が介在していることが多く、やや未整備な点です。
これは、TOPPANに限らず多くの日本企業に共通して言えることですが、標準的なモデルに関する知識が不足しているために、やるべきことを知らないまま進めてしまうというケースが少なくありません。
私たちが企業に対してアセスメントを行う場合、10段階評価で12の評価項目を設定することが多いのですが、海外の先進的な企業では、評価が6~8の間で安定しているのに対し、日本企業では、ある項目は10でも、別の項目は0というように、評価が極端に分かれる傾向があります。
しかし、TOPPANの場合は、知らないまま進めた割には、抜け漏れが少ない。また、TOPPANのデータ統合は、戦略と戦術設計に基づいた上で、実行に移されているという点で、優れています。特に、Salesforceのデータを活用するために営業プロセスを再定義し、必要な入力項目を整備するという取り組みは、まさに戦術レベルの設計の重要性を示しています。
多くの企業では、ツールを導入したものの、データ入力が徹底されず、結果としてツールが十分に活用されないという課題を抱えています。TOPPANのように、戦略に基づいて戦術を設計し、実行に移すアプローチは、データ統合を成功させるための重要な鍵となります。

データ統合の成功を左右する「オペレーションモデル」
丸井さんが重要視される「オペレーションモデル」とは、具体的にどのようなものでしょうか?
丸井氏:オペレーションモデルとは、組織の目標を達成するために、ヒト、プロセス、テクノロジーをどのように組み合わせ、連携させるかを示した設計図です。
従来の日本企業では、マーケティング担当者はマーケティングのみ、営業担当者は営業のみを担当するというように、職務が分断されているケースが多く見られます。しかし、顧客の購買行動が複雑化している現代においては、マーケティングと営業が連携し、顧客体験全体を最適化していく必要があります。
そこで重要となるのが、レベニューオペレーション、RevOpsの考え方です。RevOpsとは、マーケティング、営業、カスタマーサクセスといった収益に関わるすべての部門が連携し、データとテクノロジーを活用して、収益を最大化するためのオペレーションモデルです。
RevOpsを導入することで部門間の連携が強化され、顧客に関するデータが一元化されます。これにより、顧客理解が深まり、より効果的なマーケティング施策や営業戦略の実行、そして顧客満足度の向上につながります。
【レベニュープロセス】

TOPPANのデータ統合は、RevOpsの考え方とどのように関連していますか?
丸井氏:TOPPANのデータ統合は、まさにRevOpsの実現に向けた重要な一歩であると言えます。TOPPANは、Salesforce、Marketo、Uソナーといったツールに蓄積されたデータを統合することで、顧客に関するデータを一元化し、部門間の連携を強化しようとしています。
これにより、マーケティング部門は、営業部門がどのような顧客にアプローチしているのか、どのような課題を抱えているのかを把握することができます。また、営業部門は、マーケティング部門が獲得したリードの質や、顧客のWebサイト上での行動履歴などを知ることができます。
データ統合により部門間の情報共有が円滑になることで、より顧客中心の活動を展開できるようになるでしょう。
日本企業におけるデータ統合の現状と課題
日本企業におけるデータ統合の現状について、どのように見ていらっしゃいますか?
丸井氏:多くの企業が、ツールを導入すること自体を目的にしてしまい、データをどのように活用するのかという戦略や、部門間の連携をどのように実現するのかというオペレーションモデルの設計が不十分なまま進めてしまっています。その結果、ツールに蓄積されたデータが有効に活用できない、あるいはデータ収集自体が進まないというケースが多く見られます。
そしてもう1点、データ統合については欧米の方がよほどトップダウンで、ウォーターフォールであるということです。意外に思われるかもですが、日本の方がよほどアジャイル。海外の場合はあくまでもロードマップがきっちり決まった中で、各パーツでアジャイルが行われていますが、日本の場合は全てのプロセスが全部ぐるぐるアジャイルしているように感じます。
三田:なるほど。いま、日本は実はアジャイルだとお聞きして、目から鱗と言いますか・・・。RFPや要件定義が固めきれないままにプロジェクトが進んで手戻りが繰り返され、ウォーターフォールの形式で進めていたものが実は壮大なアジャイルをやっていたのかもしれない、と気づかされました。
これは社内だけではなく、クライアントの基盤開発などの大型案件でプロジェクトマネージャーを行う際でも起きています。なかなか要件定義・基本設計段階で実施内容や業務フローが決まらない中で、スケジュールありきで設計・開発工程の進行を求められる中、仕様変更への手戻りや開発・テストのやり直しなど、アジャイル的な修正がずっと続いて成果が出ないケースも出てきます。グローバルの話をお聞きして、上流工程で決定すべきことの必要性や有用性、それが決まらないことによる影響を、プロジェクトメンバー全体で理解し切れていない点が原因なのかなと感じました。
丸井氏:日本は合議的かつコミュニケーション能力が高いので、細かなマネジメントが必要なかったというのもありますね。欧米ではいろんなプロセスや決め事など、曖昧な部分を残さずすべてドキュメンテーション化し明文化する文化があります。だからマーケ部門にはマーケの、営業部門には営業のPlaybookが必ずありますが、日本にはほとんどありません。何となくみんなのノウハウを使ってコミュニケーションしながらやろうとする。
ある米国のリサーチャーが、これからAI時代に向けて新しいものをゼロから作っていくプロセスが必要になると、その正反対なものの一つが日本の根回し文化だと紹介していました。これからは根回しをしている間に、もう違うテクノロジーが生まれてきてしまうのかもしれません。
データ統合のさらなる進化と今後の展望
日本と欧米の違いとして、興味深いお話だと思います。ぜひ丸井さんから、グローバルにおけるデータ活用の先進事例についてお聞かせください。
丸井氏:グローバル、特にアメリカにおいて、データ活用は大きな変革期を迎えています。これまでのデータ活用はマーケティング、営業、カスタマーサクセスなど各部門に散在していたデータを集約することに主眼が置かれていました。しかし集めたデータをどのように活用するのかが課題となり、単にデータを集めるだけでは十分な成果が得られないという認識が広まりました。
そこでデータを有効に活用するために、組織構造にも変化が起こっています。マーケティングオペレーション、セールスオペレーション、カスタマーサクセスオペレーションといった組織が生まれ、各部門のデータを統合し、活用するための組織モデルやプロセスが構築されるようになりました。
【GTM戦略・オペレーションモデルの統合】

さらに近年では、RevOpsの考え方を用いて、カスタマージャーニー全体を通してデータを統合し、新たなインサイトを得ようとする動きが活発になっています。従来のようにCMO(最高マーケティング責任者)、CSO(最高セールス責任者)、CAC(最高顧客責任者)など各部門の責任者が個別に戦略を立てるのではなく、CRO(最高収益責任者)という役割を設けて戦略を統合し、部門間の連携を強化するというものです。
そして統合されるデータの範囲も拡大しています。マーケティングのファーストパーティデータやサードパーティデータだけでなく、顧客の属性データ、企業データベースのデータ、顧客からのフィードバック、営業のWeb会議ログ、Googleカレンダーの情報、メールのやり取りなど、これまで個人が管理していたようなデータも統合されてきています。そして統合されたデータは、生成AIによって営業活動に活用されます。たとえばCRMのレコード生成、活動履歴の記録、顧客の状況把握などが自動化され、フォーキャスト(予測)の精度向上、マーケティング・営業活動の自動化、アウトバウンドリーチの効率化などが実現され、企業はより大きな成果を上げられるようになっています。
このようにグローバルではデータを統合し組織全体で活用することで、収益の最大化や顧客体験の向上を目指す動きが加速しており、生成AIの進化でオートメーションとパーソナライゼーションが実現しつつあります。AIが本当に人と仕事を奪い合う時代が来たなと感じますし、大きな変革期が訪れたことにワクワクしています。
それでは最後に、データ統合を検討中の読者の方々へのメッセージをお願いします。
丸井氏:データ統合は、企業にとって競争力を高め、持続的な成長を実現するための重要な取り組みです。
日本企業はなぜ、製造には緻密なプロセスマネジメントが存在するのに、営業とマーケティングにはないのでしょう。これは見方を変えれば、知識を理解しプロセスを設計すれば、日本人は世界最高のマーケティングオペレーションを実現するポテンシャルがあるということです。マーケティングは製造の前工程、営業は後工程。営業の生産性にはマーケティングの品質が重要で、その引き渡し基準がリードスコアリングです。そして、プロセス改善にはデータ統合による精度向上が鍵となります。TOPPANの事例は、データ統合に取り組む企業にとって、多くの示唆を与えてくれるでしょう。
TOPPANは、今回の丸井氏との対談で得た学びを、今後の自社の取り組みにどのように活かしていきたいとお考えですか?また、データ統合に取り組む日本企業に向けて、メッセージをお願いします。
内田:今回の丸井氏との対談を通して、データ統合における戦略・戦術設計の重要性を改めて認識しました。今後は、AIなどの最新テクノロジーを活用し、データ分析の高度化やマーケティング・営業活動の自動化をさらに進めていくことで、営業の高度化を実現していきたいと考えています。
同時に、TOPPANのデータ統合の取り組みで得られた知見やノウハウを、積極的に日本企業に共有していきたいと考えています。日本企業がデータ統合を成功させ、グローバル市場で競争力を高めるために、貢献できれば幸いです。

今回は、ゼロワングロース株式会社 代表取締役の丸井達郎氏をお迎えし、TOPPANのデータ統合の取り組みについて、外部識者の視点から考察しました。TOPPANは、今後もデータ統合を推進し、AIなどの最新テクノロジーを活用することで、さらなる進化を目指していきます。
データ統合に関する取り組みにご興味のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
2025.05.15