定型業務の集約で時間外勤務を削減!熊本市が挑んだ「総合行政事務センター」構想
人口約74万人が暮らし、半導体関連企業の進出で産業構造も変革しつつある政令指定都市・熊本市。医療費助成をはじめとする市民等からの申請処理は複雑化し、その処理に多くの職員が追われ、時間外勤務が常態化していました。この現状を解決するため、2024年10月から開設されたのが、市役所における定型業務の集約化を推進する「総合行政事務センター」です。
総合行政事務センターの立ち上げ、運営にあたって、TOPPANとともに業務の可視化と定量分析、クラウドサービスを基盤とした情報連携システムの構築などを推進。開設からわずか半年で時間外勤務が対前年度比で約32%削減し、定期異動では人員配置の最適化を実現できました。
この取り組みにはどのような背景と戦略があったのか、熊本市総務局 行政管理部業務支援課の野口翔太氏、深水あかり氏にお話を伺いました。
早くから市役所改革に取り組んできた熊本市
熊本地震をきっかけに生まれた市役所改革への意識
2016年の熊本地震。この未曾有の災害が、熊本市の行政運営に対する考え方を根本から変えることになります。業務支援課の野口氏は、復興にかかわる部署で4年間にわたって業務に従事していました。
「市役所は業務の性質上、定型的な作業が多く、改革よりも安定性が大事という原則があります。しかし、いざ災害が発生した時に浮き彫りになったのは、既存の業務の延長で考えていても、全く身動きが取れない組織の柔軟性の低さでした」と野口氏。
熊本市は震災後、市長の強いリーダーシップのもとで改革プロジェクト推進課を設置。行財政改革と並行し、「自ら考え・自ら見直し・自ら行動する」市役所の実現に向け、その根幹となる職員の働き方そのものを見直す取り組みを開始しました。現在のように働き方改革が叫ばれるようになる前の時代、自治体としては極めて画期的な試みだったと言えます。しかし、業務効率化の一環である業務のアウトソーシングは、限定的だったと振り返ります。
「紙媒体の情報のパンチデータ化や封入封緘処理など、多くの自治体で導入している業務委託の事例はあるものの、一部の作業レベルに限定されていました。もっと根本的な取り組みが必要なのは明白だったのですが、さまざまな問題があったのです」
現場からは総論への賛成を得られるものの…
市役所改革の旗が振られ続けていたことから、その必要性については、当時から多くの職員が理解していました。ただ、自身の業務や自身が所属する部署の業務を変革するとなると、強い抵抗があったとのこと。
「どの現場も、通常業務に追われています。現場としては、そのなかで改革に取り組んでいる余裕はないというのが実情で、改革の糸口が見つけられない状態でした。そうしている間にも、業務の複雑さは加速し、さらに現場への負担が増していきます。効率化=人員削減という意識もあり、改革に対する後ろ向きな姿勢も見受けられました」
改革に向けて調査を進めると、運用上の根深い課題も浮き彫りになってきました。マニュアルは存在するものの更新がなされておらず、実際の業務は経験に基づく引き継ぎが中心になっていること。さらに深刻だったのは、同じ医療費助成という制度にもかかわらず、5つの区役所でチェックの方法や順番が異なっていたことです。これら長年築き上げた独自のルールや手法を変更することへの抵抗感も、改革を停滞させる要因となっていました。
それでも、粘り強く現場への働きかけを続けました。「今はなんとか回せている業務も、社会変化に伴う人口減少が進んでいく中で、年々人が減り厳しくなることは目に見えています。今のままでは立ち行かなくなりますし、そうなってからではもう改革はできません。そのように訴えかけました」
総合行政事務センターという解決策
事務処理を集約する総合行政事務センターの開設を決定
こうした課題を解決するために熊本市が打ち出したのが、各種申請等の業務を集約し、集中的に処理する「総合行政事務センター」の構想です。単なる業務委託ではなく、業務プロセスの抜本的な見直しと標準化を通じて、市民サービスの質を維持・向上させながら職員の働き方改革を実現することを目指しました。
熊本市に先行する事例として、札幌市の「行政事務センター」があります。札幌市を支援したTOPPANからの提案を受け、熊本市でもセンターの開設を決めました。野口氏は、「実績に基づいた提案というところが大きかった」と話します。企画構想を進める段階のほか、庁内外への説明において、先行事例の存在は大きな裏付けとなりました。
数値的裏付けに基づく業務分析
2023年、熊本市はTOPPANの協力のもと、徹底的なBPR調査を実施しました。約4,500種類に及ぶ申請手続きのうち、申請件数が多く、集約効果が見込まれる56の業務を抽出。さらに詳細な分析により、11業務が調査対象として選定されました。
これら11業務の処理時間、工数、窓口依存度などを定量的に分析することで、「どこに負荷がかかっているのか」「どうすれば改善できるのか」を可視化し、業務改善の道筋を明確にしました。
最終的に、センターで行うことになったのは次の6つの業務です。
● 市税振替及び還付口座登録
● 消防用設備等点検報告書受付
● 就学援助
● こども医療費助成
● ひとり親家庭等医療費助成
● 重度心身障がい者(児)医療費助成
(2025年10月現在)
この業務を選んだ決め手として「費用対効果は当然ながら、あえて異なる部局の業務を選びました。やるからには、さまざまな角度から効果を検証したかったからです」と野口氏。どの業務が最も効果的か、成果の出やすい業務の傾向を見極めたいという思いもあったといいます。
現場に飛び込んだ改革担当者
熊本市の業務改革における、もう一人の重要なキーパーソンが、野口氏と同じ業務支援課の深水氏です。実は、この業務改革にあたって特別なミッションを託されていました。それが業務支援課(当時は改革プロジェクト推進課)にも籍を置いたまま、こども支援課にも在籍するという「兼務」です。
熊本市では地震発生以降、復興対応のために年度途中での兼務発令が頻繁に行われるようになっていました。
「既存の体制では、通常業務で手一杯の現場から協力を得るのは非常に難しく、また時間外勤務の増加にも繋がってしまいます。しかし、単に担当者をこども支援課に増員しただけでは、通常業務を割り当てられ、本来の業務改革の任務が果たせなくなるリスクがありました。そこで、改革を担う業務支援課職員として、現場に入り込み、当事者として取組む体制をとったのです」。
深水氏は、市民からの電話対応や窓口対応を行い、こども支援課職員たちと同じ業務を経験しました。
「部外者が業務プロセスの問題を指摘しても、内部のことをわかっていないじゃないか、と思われてしまいます。自分も一緒に汗を流して働くことで、改革に対する共感も理解も得られるようになりました」と深水氏。この現場経験により、マニュアルの整備が不完全であることや、独自のルールで運用されているといった実態が見え、改革の方向性にも大きな影響を与えました。
10年来の悲願、レセプト電子化への挑戦
総合行政事務センターの設置とともに進めた業務改革が診療報酬明細書の電子化です。
これまで熊本市が行う、こども医療費や重度心身障がい者(児)医療費、ひとり親家庭等医療費助成の請求については、熊本市指定の紙による請求が基本でした。医療機関等から市役所に届く年間約100万枚もの請求書の封筒をはさみで開け、請求書を取り出し、手作業で内容をパソコンに打ち込むという対応に追われ、職員の時間外勤務が常態化していました。仮にこの作業をそのまま総合行政事務センターで処理できたとしても、非効率で膨大なコストがかかります。
医療機関の提出するレセプトデータを活用した請求事務が他自治体で導入されていることは把握していましたが、大規模な業務改革であること。また、膨大なレセプトデータを用いて助成額の整合性を確認する機能が既存の業務システムでは対応できないことなど多くの課題がありました。
そこで、総合行政事務センターへの業務移管を契機に、これらの業務改革についても同時並行で進めることとし、レセプトデータの確認方法等については、TOPPANに支援を求めることとしました。
その結果、業務システムで使われていたロジックをもとに新たな確認ツールを構築し、医療費助成請求事務の電子化が実現したのです。「私たち行政職員だけでは、到底手に負えない代物でした。このことだけでも、心からTOPPANのみなさんを称賛したいです」と深水氏。この取り組みは、熊本市の業務改革の象徴的な成果となりました。
総合行政事務センターの取り組み
2024年10月、総合行政事務センターの始動
ついに稼働を開始した熊本市総合行政事務センターは、市役所本庁の14階に設置されました。それまで参考にしていた札幌市はオフサイト、つまり庁舎外の施設で運用していましたが、熊本市はあえてオンサイト(庁舎内の設置)を選択しました。
オフサイト・オンサイトそれぞれにメリットや運営上の制約があります。例えば個人情報管理の観点から、民間の建物には熊本市が管理する業務システムの設置が困難です。庁舎外の施設では委託できる業務範囲が限られてしまうことから、熊本市の場合は市の管理体制の下で委託事業者が業務システムの操作まで行う体制を構築したのです。オンサイトでの開設を選択したことで、熊本市ではより多くの業務を集約できるようになりました。
順調な滑り出し
運用開始当時を、野口氏は「要件整理やOJTが想定通り実行できるか不安も感じていましたが、結果は期待以上でした」と振り返ります。スムーズに導入が進んだ要因として、従来の業務マニュアルの刷新があるといいます。
「従来のマニュアルは、作業内容などを文字で表現したものが主流でした。長年受け継がれた行政の習慣ですが、これだと初見で作業の流れをつかむことができません。新しいマニュアルでは、業務フローが視覚化され、作業の流れや注意点も含んだ全体像をとらえたうえで、業務に着手できます。本来ならこれがあるべきマニュアルだと思います」
同時に、市内にある5つの区でバラバラだった運用方法も統一され、質の標準化にもつながりました。
デジタル技術を活用した業務革新
総合行政事務センターの業務では、デジタルツールが効果的に活用されています。
まずクラウドサービスを使った進捗管理システムにより、各区とリアルタイムの情報連携が可能になりました。紙による運用時と比べ、進捗状況の確認が格段に容易になっています。
また、医療費助成にかかわる3つの業務では、各区の担当者がクラウドサービスに申請書の基本情報を入力し、その情報を事務センター側で流用することで効率化。重複入力を避ける仕組みを構築しました。
さらに就学援助では、対象者や児童生徒の基本情報をマスターデータとして月次で自動的に取り込むことで、入力業務の負荷を大幅に軽減しています。
コールシステムには、電話着信時に市民の情報や過去の対応履歴がパソコン上に表示される仕組みを採用。野口氏は「市のこれまでのやり方では、過去の履歴を掘り起こすのは困難です。この仕組みは、もっとさまざまな部署に広がったほうが良い」と評価しています。
書類管理も、二次元コード管理へ移行しました。総合行政事務センターへ搬入された申請書は、一部の手続きを除いて、すべてユニークなIDが付番された二次元コードが貼付されます。これにより、誤読のリスクを極小化した管理を実現できました。
業務改革による効果と今後の課題
時間外勤務の約32%削減に成功
総合行政事務センターの運用開始からわずか半年で、すでに目に見える成果が表れています。セン
ターが行う6つの業務全体で、各業務担当者の時間外勤務は対前年比で約32%削減されました。また、効率化により生み出されたリソースをまちづくり部門や相談部門等に重点配置するなど、職員配置の適正化も進めています。2025年4月の定期異動においては約15名程度の配置見直し効果があらわれました。
職員の働き方にも変化が起こっています。フロー化されたマニュアルにより、引き継ぎや新人教育がスムーズになり、特定の職員に依存していた業務の標準化にもつながりました。
さらなる効率化を目指して
今後、熊本市は業務改善効果が期待できるものについては、積極的に総合行政事務センターへ集約していきたいという考えを持っています。職員配置の適正化を進め、行政サービス全体の質を向上していくためです。
現在、現行取り扱い業務と関連性が高い子育て系の業務を中心に、追加で集約する業務の検討が進んでいます。引き続きBPR調査(業務改革のための予備調査)を実施し、その可能性や効果を確認しながら、段階的に集約の検討を進めていく方針です。
「個人的な考え方として、これは熊本市だけにとどめる取り組みではないと思います。人口が減り、多くの自治体が厳しい運営を強いられることが予想される中で、市町村の枠組みを越えた連携を考えなければならない時期が来るのではないでしょうか」。野口氏はさらにその先を見据え、児童手当のような法律に基づく事務は、全国共通で効率化できると考えています。
伴走したパートナーの視点
今回の熊本市の業務改革をサポートしたTOPPAN(株)九州事業部企画販促本部SI事業推進部 梶原は、支援のポイントについて「まず、クラウドサービスを中心にした進捗管理基盤の確立です。これにより各区役所、センターの申請処理状況を一元的に可視化できました。重複入力を排除するため、各区の入力情報を自動流用しています」と語ります。
「ご評価いただいた、業務システムの制約を克服する独自開発も強調したいポイントです。特に医療費助成請求事務の電子化は、レセプトデータを業務システムに取り込みできないため、独自ツールを開発しました。ほかにも、紙の帳票とデジタルデータが混在する環境でも効率的な事務処理ができ、さらに将来的には完全自動化ができるよう、RPA・OCRとの組み合わせによる事務作業の自動化を段階的に推進しています」
全国の自治体へのメッセージ
同じような課題を抱える全国の自治体担当者へ、深水氏は自身が体験することの大切さを話してくれました。「自分自身が現場に入って、実務担当者として変えたい業務を経験すると、周りの反応も変わります。BPRが必要な現場に入り込んで、自分事としてとらえたからこその成果でした」
一方、野口氏は「先行事例を真似することが一番大事」と強調します。「熊本市の例がお役に立てるなら喜んでお伝えします。もしこの記事を読んで問い合わせが来たら、それは恩返しのチャンスですね」
BPRによる課題の洗い出しと現場の啓発を続けたことで、熊本市の挑戦は一つの成果となって実を結びつつあります。人口減少時代を迎える日本の自治体にとって広く参考になり、希望をもたらすケースといえるでしょう。
おわりに
熊本市とTOPPANによる業務改革の取り組みをご紹介しました。この事例には、同規模の都市だけでなく、中小規模の自治体にも応用できるさまざまなナレッジが含まれています。
TOPPANグループでは、自治体へのご支援施策として、次の3つの柱があります。
・BPO業務代行
・BPR業務分析・改善
・DX・デジタル化推進
お困りのことがございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。
2025.11.12