「毚 zan」に見る バー空間の“空気”を醸成するデザインと素材づかい
NAO Taniyama & Associates・谷山直義さんに聞く
お酒や会話をゆっくりと楽しむバーでは、滞在する時間の価値を高める独自の世界観を表現したインテリアデザインが重視されます。今回は、バーやファインダイニングを始めとする飲食店、ラグジュアリーホテルなど様々なプロジェクトを手掛けてきたNAO Taniyama & Associatesの谷山直義さんに、TOPPANの内装用不燃化粧パネル「ローバル」が採用された店舗「毚 zan」の事例を通して、バー空間の空気感を演出するデザイン手法について聞きました。
Q. 東京・六本木のバー「毚 zan」は、オーセンティックなバーの雰囲気とモダンな素材づかいが融合したインテリアデザインが特徴的です。この店舗はどのようなコンセプトでデザインされたのでしょうか。
谷 山 :「毚 zan」のオーナーは京都出身で、日本的な考え方や和の表現への関心が高く、六本木で「和を感じる、静寂のあるバー」をつくりたいという要望がありました。また、グローバルで仕事をされている関係で、海外からのゲストをもてなす場としてのデザインも求められました。六本木は日々新しい店が生まれ、目まぐるしく街の様子が移り変わっていきますが、その中で大人がゆっくりと過ごせる「バーらしいバー」が少なくなっていると感じます。「毚 zan」は会員制の店舗であり、お客さんは単純にお酒を飲むだけでなく、そこで過ごす時間に価値を求めて訪れます。その思いに応えるべく、コミュニケーションや時間といったバー本来の価値を感じられる空間をつくれないかと考えました。
店舗の区画はビルの一室で窓のない空間です。その条件を活かして店舗の世界観に包まれるようなデザイン表現を検討しました。和という言葉は、今や世界的にも通じるものですが、その色や形といった表現は様々です。ここでは和を分かりやすい意匠としてではなく、凛とした雰囲気や、人とモノのあいだにある間、陰影などによって、空間に漂う「空気」や「現象」として表現できないかと考えました。
谷 山 :私がバーを設計する時に大切にしているのが「空気の容積」を感じることです。例えば、日本の伝統的な茶室では、空間がコンパクトであるからこそ、モノや人との距離感を体感し、そこに漂う空気を一つの物体のように感じられる瞬間があります。その空気の密度のようなものが、場の世界観をつくる大切な要素だと考えます。
「毚 zan」では、閉じた空間を活かして「闇の密度」を表現することを試みました。人が闇を感じるのは、ただの真っ暗な空間だけではなく、暗い中で遠くに光があったり、モノに光が反射したり、徐々に明るさが変化してくのを感じた時など、光と闇の対比や闇が段階的に濃くなっていく「幅」や「ピッチ」のようなものがあることがポイントだと思います。カウンターのダウンライト、漆喰や西陣織を施した壁に当たる照明の間隔、酒瓶がディスプレイされたバックバーの黒いスチールの色合いの変化など、暗さやダークトーンの中に様々なグラデーションやピッチが生まれるよう、光と陰影を測量するような感覚で空間を構築していきました。
Q. 様々な場所に多彩な仕上げが施されているもの印象的です。その中でカウンターの腰や壁面の一部に「ローバル」が採用されています。
谷 山 :この場の空気感をつくる上で、マテリアル選びも重要な要素でした。先述の西陣織や漆喰、スチールの仕上げ、無垢の一枚板のカウンターなど、存在感のある素材を点在させながら、それらが際立つ光と闇を用意し、そしてベースとなる舞台として「ローバル」を用いています。「ローバル」は、不燃化粧パネルという機能性を持ちながら、色柄のバリエーションが豊富で、様々なシーンに調和しやすい建材だと思います。ただ、このような使い勝手の良い建材は、デザイナーの力量が試される存在でもあります。素材の特性を理解して、どのような役割を演じさせるか、主役として見せるのか、それらを際立たせる場をつくる使い方をするのかを考え、魅力的な空間や体験を生み出していく必要があります。そういった意味でも、多彩なバリエーションや質の高い素材感は欠かせない要素ですね。
また、これは事業主とデザイナーの間柄にも通じる話で、デザイナーをうまく使えるかは事業主のプロジェクトへの取り組み方が関係してきます。「毚 zan」では、オーナーが「こんな店をつくりたい」という思いがありながら、デザインを始め大部分を任せてもらったので、店全体で統一感のある空間を表現できました。一方で、強いブランドの理念があり、細部の表現までこだわるオーナーもいて、その店づくりへの情熱を感じて、デザイナーが触発されて魅力的な店が出来上がっていくこともある。いずれにしても事業主とデザイナーとのコミュニケーション、店づくりへの思いを深堀りしていける関係をつくることが大切だと思います。
谷 山 :加えて、「ローバル」の環境に優しい素材(オレフィン系非の塩ビ素材)を用いたサスティナブルな考え方は、これからの店づくりにおいても重要です。ここで言うサスティナブルとは、単に人や環境に配慮した素材というだけでなく、その建材や空間が愛されて長く使われることや、地域との循環やつながりを生む場となっていくことも意味しています。一つの店の小さな素材でも、そこから特別な体験やコミュニケーションが生まれ、街のパワーになっていく。そんな可能性が生まれるデザインにチャレンジしながら、魅力のある店や街の空気感をつくっていきたいですね。
谷山直義
1973年、愛知県生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、スーパーポテトで杉本貴志に師事。2011年、NAO Taniyama & Associatesを設立。グランドハイアット東京、レストランドミニクブシェなどのホテルやレストランなど幅広い空間デザインをデザイン。近年では2023年開業予定の日本初上陸のホテルVOCOなどを手掛けている。http://www.nt-a.jp
2024.10.10