コラム

温泉地のシンボルを目指したデザイン手法 〜ホテル「道後御湯」(どうごみゆ)| 辻 真悟さん(CHIASMA FACTORY) 黒瀬直也さん(黒瀬直也アトリエ)に聞く

名湯として知られる道後温泉(愛媛県松山市)の温泉宿が立ち並ぶエリアに、2018年オープンした「道後御湯」(どうごみゆ)は、70年の歴史を持つホテルを建て替え、リニューアルした高級ホテルです。社会の変化とともに、宿泊施設の在り方やサービス手法が多様化する中で、土地に根付いた宿をデザイン視点で新たな価値を醸成する取り組みが行われました。「道後御湯」では、そのデザイン理念の一端を担う建材として、TOPPANの内外装不燃アルミ意匠材「フォルティナ」が採用され、温泉地の顔となる宿に生まれ変わりました。 今回、「道後御湯」の設計に携わった建築家の辻 真悟さん(CHIASMA FACTORY)、黒瀬直也さん(黒瀬直也アトリエ)に、同プロジェクトの経緯や、デザインが宿泊施設にもたらす付加価値についてお話いただきました。


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愛媛県松山の道後温泉にある「道後御湯」のファサード。長さや幅の異なるルーバーを組み合わせ立ち昇る湯気のような意匠を構築している。このルーバーにトッパンの「フォルティナ」が採用された(撮影/RS STUDIO)

Q:「道後御湯」の計画からの経緯について教えて下さい。

同プロジェクトの設計に携わった建築家の辻真悟さん(撮影/千葉正人)

辻:日本最古の湯として知られる道後温泉は古くから「東の箱根、西の道後」とも言われる歴史ある温泉地です。一昔前は、大々的にアピールをせずとも団体旅行を中心とする観光需要があり多くの人が訪れていましたが、それゆえに旅行の個人化や多様化といった時代の変化への対応が遅れていたところがあり、少しずつ客足が落ち始めていました。そんな中、このエリアでグレード感やターゲットが重複する部分が多かった3館を経営していた「道後御湯」のオーナーが、宿ごとのコンセプトを明確に分けてそれぞれ異なるターゲットに訴求することにより集客力・収益力を大きく改善することを思い立ち、その最初のプロジェクトとして「現代湯治」をコンセプトとする新しい宿を作りたいということで私に話をいただいたのが本プロジェクトのきっかけです。
当初は耐震補強を含めた改装を予定していましたが、リブランディングの効果を高め、より価値のある宿泊体験を提供するために、新しく建て替えることになりました。

「道後御湯」のオーナーは、同地で3つの温泉を経営している。「道後御湯」の敷地は、もとは建物が密集していた場所であったが、建て替えと共に建築をセットバックさせ、街に魅力的な景観を生み出している。

辻:「道後御湯」は、道後温泉の丘の上、松山の街を望む絶好のロケーションにあります。ただ、そこに立ち並ぶ宿はどれも歴史があるものの、中〜大規模な施設が所狭しと立ち並び、温泉地全体としての景観的な魅力には欠けるところがありました。そんな中、道後まちづくりをリードする一人でもあるオーナーは、自社施設の建替えによって地域の景観全体をも変えるような建築をつくりたいという思いを持たれていました。ランドスケープも含めた大きなプロジェクトであったため、同じ建築家の黒瀬直也(黒瀬直也アトリエ)と綱島洋平(YOHAKU)に参画してもらい、アイデアを組み立てていくことになりました。

「道後御湯」のある温泉地の街並みと、建て替え前のホテル外観。

Q:「道後御湯」の特徴的な外観デザインは、どのように生み出されたのでしょうか。

湯気の立ち昇る風景をイメージし、ファサードのルーバーは揺らぎを感じさせる並びとなっている(撮影/RS STUDIO)

辻:「御湯」とは、山部宿禰赤人(やまべのすくねあかひと)が伊予の湯を訪れたときに詠んだとされる万葉集の中の一首に出てくる言葉で、そこに描かれた温泉の湯気が立ちのぼる情景を他にはない新しい形で表現したいというオーナーの思いがありました。我々はそのイメージを受け、湯気が立ち昇るようなイメージを手がかりとしてファサードデザインをまとめていくことにしました。イメージスケッチをもとに3人で建材や意匠をああでもない、こうでもないと議論していく中で、ルーバーによる表現に行き着きました。

辻さんと共に設計を手掛けた建築家の黒瀬直也さん(撮影/千葉正人)

黒 瀬:建築は、高さ約30m、8フロアの構成です。その外装の2面に「フォルティナ」を用いた意匠を施しています。ルーバーの縦の長さは均等ではなく、7種類の長さを用意し、上階にいくほど長いものを割り付けています。これは立ち昇る湯気のイメージを表現すると同時に、大きな面の圧迫感を軽減しつつ日本的な水平方向のラインを強調し、外側からホテルの部屋数や階数などが分からないようにして、幻想的な雰囲気を演出することにしました。また、ルーバーを同じ面で並べると、のっぺりとした印象になってしまうため、波打つような形状になるよう、異なる奥行きのルーバーを設置位置や前後の奥行きを変えながら組み合わせていきました。

ホテル外観の夕景。外装2面全体に「フォルティナ」を用いたルーバーの意匠を施した(撮影/RS STUDIO)

黒 瀬:施工の際は、設置場所によってルーバーの長さや奥行きが異なるため、ルーバーをエリア分けし、エリアごとにパネル状に組み立てて設置することで施工性に配慮しました。また、正確に割り付けてもルーバーが歪んだり、寸法の精度がなければ台無しになってしまうので、外装としても使える耐久性と安定性のある「フォルティナ」は有用でした。建築に溶け込みながらも、素材感や表情をしっかりと持った建材は、デザインを構築していく上で重要な要素となります。

工場でのパネル化途中の製作風景。長さや奥行きの異なるルーバーを正しく設置するためエリアごとにパネル化し、一つずつ番号をつけて割り付けていった。

黒 瀬:また、色柄の選定でも「フォルティナ」の製品バリエーションは大きなメリットでした。他社にも木目調ルーバーはありましたが、TOPPANさんの製品はサイズや色柄のバリエーションがとても豊富で、CGなどで詳細に検討したイメージを妥協せずに実現できることが採用させていただく理由の一つとなりました。加えて、道後御湯では2000本以上のルーバーを使用しており、その発注に短期間で対応してもらえたことも大きかったです。担当者の方が現場に足を運んでくださり、細かな相談に根気強く乗っていただけるというのは、設計者にとって非常にありがたいポイントとなりました。

ルーバーは、縦の長さ、奥行きの幅など複数の種類を組み合わせ、湯気のような有機的な表情を表現している。ルーバーの木調シートの質感、昼と夜の光の当たり方で、多彩な表情が見られる。

Q:完成した建築とその外観は、まさに温泉の湯気のように幻想的な雰囲気ですね。

辻:「道後御湯」はグループが経営する3つのホテルのなかで最もグレードの高い宿と位置づけられ、大人が心置きなく寛げる落ち着いた高級感が求められました。また、常套句化された「伝統的な和」の意匠で飾ることは意識的に避け、日本的な空間とは何かを原理的・抽象的なレベルまで掘り下げて空間化するため、館内でも仕上げ材の種類を絞って、身体的なレベルで「和」を感じさせるようなシンプルさを追求し、それが結果的に施設全体の上質感にもつながっています。大洲和紙や菊間瓦といった地域の伝統工芸や、鉄で新しい表現を試みている職人たちの技も、いわゆる「装飾」としてではなく空間全体を構成する要素として大胆な使い方で取り込みました。そんな中で、高機能な最新の素材と特殊な構成を用いながらも、紛うことなき和のエッセンスを感じさせる外観は、形式化した和の意匠の模倣ではない和の表現の新しいあり方を示せたのではないかと思っています。オープン後は、宿泊客以外の人も建物の外観写真を撮っていくなど、地域のシンボルとしての価値も生まれています。

ホテルのロビーや客室ではシンプルながらも力強く存在感のある素材が用いられ、落ち着いた上質感を感じさせる(撮影/RS STUDIO)

辻:全てのルーバーが取り付けられ、初めて照明を灯した際、それを見たオーナーが破顔一笑されたのを見て安心感や感動を覚えるとともに、その実現に心血を注いだ設計や施工関係者の連携、協力いただいたTOPPANさんを始めとするメーカーの存在がプロジェクトの価値を高めるために欠かせないものだと改めて実感しました。

オーナーは、リブランディングの第二弾として「道後御湯」に隣接する敷地に「道後hakuro」というカジュアルホテルを2020年にオープンし、敷地の枠を越えて一体化したゆとりのあるランドスケープを実現するなど、温泉地として新たな景観的魅力を生みだすことに積極的に取り組まれています。私たちは、建築家としてその思いをカタチにしながら、一つひとつの仕上げや素材にこだわりつつ、その先にある空間や街、人の体験価値を生む建築を提案していかなければと思っています。

「道後御湯」に隣接するカジュアルホテル「道後hakuro」。街の美しい景観づくりを意識した開放的なランドスケープが特徴。写真左が「道後御湯」(撮影/RS STUDIO)
(写真左)黒瀬直也さんと辻真悟さん(撮影/千葉正人)

辻 真悟
1973年神奈川県生まれ。コロンビア大学GSAPP(都市計画修士号)修了後、大手建設コンサルタントやCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)関連の不動産企画・開発企業に勤務。2009年、CHIASMA FACTORYを設立し、建築設計・管理、不動産開発から関連分野の教育・研究活動に至るまで、様々なプロジェクトに携わる。受賞歴に「道後御湯」でのまつやま景観大賞のほか、台湾ENISHI RESORT VILLAで、ADA Awards for Emerging Architects 2018共同受賞などがある。

黒瀬 直也
1977年、神奈川県横浜市生まれ。2001年、明治大学理工学部建築学科卒業。2009年、前田紀貞アトリエ 入所。2016年、黒瀬直也アトリエ 設立。受賞歴/2018年まつやま景観賞 大賞、2014年柏の葉シンボルデザインコンペ入選、2014年LIXILデザインコンテスト 佳作。2002年アートベンチングコンペティション入選等。

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空間を豊かに彩る意匠材「フォルティナ」

2024.10.10

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