コラム

「THE FRONT ROOM 丸の内」に見る、ブランドの世界観を表現するマテリアルとデザイン手法
インテリアデザイナー井上愛之さん(ドイルコレクション代表)に聞く

飲食業態の多様化と複合化が進むなかで、商品やサービスと共にブランドの理念を発信する空間デザインは、魅力ある店舗づくりにおいて重要な要素です。そして、その空間を構成するマテリアルの選定や使い方には、インテリアデザイナーの職能が生かされています。

TOPPANでは、気鋭の空間デザイナーとの共創で、事業主さまが実現したい空間づくりを実現するサービス「Desiner‘s expace (デザイナーズエクスペース)」を展開しています。
今回はデザイナーズエクスペースに参加いただいている、インテリアデザイナーとして国内外で活躍するドイルコレクション代表の井上愛之さんに、ブランドの世界観を表現するために必要な「デザインプロセス」と「マテリアル選びのポイント」についてお話を伺いました。


数多くのレストランを展開する株式会社HUGEが、初めてのカフェ業態としてオープンした「THE FRONT ROOM 丸の内」(撮影/ナカサアンドパートナーズ)

Q. 関東を中心に国内で数多くのレストランを展開する株式会社HUGEが、2022年9月に開業した「THE FRONT ROOM 丸の内」は、同社初となるカフェ業態です。これまでHUGEの様々な店舗デザインを手掛けてきた井上さんですが、「THE FRONT ROOM 丸の内」ではどのように設計を進めていったのでしょうか。

レストランやホテルなど幅広い空間のデザインを手掛け、日本だけでなく、アジアや欧米など国内外で活躍する井上愛之さん(撮影/千葉正人)

井 上 :「THE FRONT ROOM 丸の内」は、複合施設「丸ビル」の一等地と言える1階にオープンしました。丸ビルが開業20周年を迎えるにあたり、新しい“顔”となるカフェ業態を求めて事業者コンペを実施し、HUGEが店作りを手掛けることになりました。私はコンペの提案の段階から携わり、HUGEが考えるカフェを一緒に形にしていきました。
事業者コンペの段階では、インテリアデザインが重視されないケースも少なくありません。しかし、プロジェクトの初期段階からデザイナーが加わることで、計画地の与件を踏まえて最大限に価値や効果を生む空間を模索でき、コンペにおいても具体的かつロジカルにデザインを提案できるようになると思います。

「THE FRONT ROOM 丸の内」は、東京・丸の内の複合施設「丸ビル」1階の吹き抜け空間に位置する(撮影/ナカサアンドパートナーズ)

「THE FRONT ROOM 丸の内」では、まず「カフェとは何か」について掘り下げていきました。そして、欧米のカフェ文化をリサーチする中で、その長い歴史や時間を感じさせてくれるロンドンのカフェやホテルの飲食空間に着目しました。小さい空間であっても、様々な家具やアートが取り込まれていて、店主のこだわりが感じられるような店を見ていきながら、近年のシンプルでミニマルな日本のカフェとはまた違った魅力のある空間を生み出せないかと考えました。

ロンドンのカフェの「店主のこだわりがつまった店」の空気感を表現するため、複数の席種を混在させ、様々な家具やファブリックを取り入れている(撮影/ナカサアンドパートナーズ)

井 上 :店舗の大きなテーマを「タイムレス」「ボーダレス」とし、約100坪の区画において、多様な家具やファブリック、色、柄を用いて、一見ちぐはぐのようだけれど、全体を見ると一人のこだわりのある店主をイメージできるような世界観を構築していきました。
また、部分的にスキップフロアである区画のつくりも生かし、ビルの吹き抜けに面したオープンなテーブル席、店の顔となるカウンター、その奥にダイニングやリビングのようなゆったり過ごせる客席を設け、家具の種類やレイアウトで緩やかにゾーニングをしています。

Q. 店舗の天井や一部の壁面、間仕切りのルーバーにTOPPANの建材「フォルティナ」が採用されています。なぜ、この素材を選定したのでしょうか。

井 上 :木製の家具と合わせて、内装の仕上げにも木目の素材を使いたいと思い、当初はスチール材にシートを貼ってルーバーをつくる予定でした。ただ、素材を探す中で、製品として木目が一体化した「フォルティナ」を知って採用することにしました。
表情や建材としての性能だけでなく、施工や設置のしやすさも選定の大きな理由です。建築や店舗設計では、施工時の時間効率、人件費はコストを考える上で避けて通れないポイントです。
「フォルティナ」にはサイズや柄のバリエーションがあるため、現場で加工する手間が少なく、また取り付け用の金具も用意されているので、施工性が良いのが特長だと思います。印刷技術や素材開発に加え、施工までトータルで手掛けているTOPPANならではの建材と言えるのではないでしょうか。

店内のパーティションや天井、壁面の一部にTOPPANの建材「フォルティナ」が採用された。バーカウンター脇のパーティションでは、木目とマットな表情を組み合わせて空間にアクセントとリズムを生み出している(撮影/ナカサアンドパートナーズ)

井 上 :また、デザイナーとして建材を選ぶ上で、その製品が主張しすぎない素材感やデザインであることも重視しています。様々な空間デザインに寄り添い、使い方のバリエーションがある素材は、デザイナーの表現の幅を広げてくれます。

Q. デザイナーが店舗を始め、空間づくりに携わるメリットはどのようなところにあると考えていますか。

井 上 :「THE FRONT ROOM 丸の内」のプロジェクトのように、ブランドのコンセプトづくりの段階からデザイナーが協働することで、発信したいテーマをしっかりと形にしていくことができるようになると考えています。例えば、あるチェーン店舗のプロジェクトでは、当初は新商品のためのショーケースのデザインコンペだったのですが、そのショーケースが置かれる店舗全体のデザインについても言及しプレゼンしたところ、ブランド全体の空間デザインに携わることになりました。
その結果、それまで店舗ごとにバラバラな印象になっていたデザインに統一感が生まれ、ブランドとしてのイメージを強く発信できる店舗がつくられるようになった経験があります。

店内奥のゆったりと過ごせるダイニング席では、天井や壁のルーバーとアートが、光のコントラストと独創的な雰囲気を生み出している(撮影/ナカサアンドパートナーズ)

井 上 :私達デザイナーの仕事は、ただイメージを提案し図面を引くことではなく、ブランドの理念を理解し、クライアントが抱えている課題を解決するための道筋をつくることであり、店舗デザインはそのための一つの手法です。
数多くのデザインに触れてきた知見を生かして、クライアントの思いを形にするためのアイデアの数や幅を広げながら、もし表現すべきことからブレそうになった時には、クライアントと一緒に思考の順序をさかのぼって問題を明確にできるようなロジカルな視点も持ち合わせていることが重要だと思っています。
店舗を始めとする空間デザインは、施主やデザイナーだけでなく、施工会社や設備の設計者、建材メーカーなど様々な協力者がいて出来上がるものです。私自身のデザイナーとしての力量を日々進化させながら、同時に新しいことにチャレンジしようとしている事業者やメーカーなど、一緒になって魅力的な空間をつくっていけるパートナーと出会えるようアンテナをはってデザインに取り組んでいきたいですね。


井上愛之
1977年横浜生まれ。2011年株式会社ドイルコレクション設立。2013年「Restaurant & Bar Design Awards(ロンドン)」にてAsia Bar部門でのWinner(No.1作品)受賞にはじまり、2017年「Firm of the Year(ニューヨーク)」にて日本の事務所として初めて“世界一の事務所”に選ばれるなど、手掛けるものの多くが国際的なアワードを受賞し注目を集めている。日本だけでなく、アメリカやイギリス、中国、タイ、インドなど活躍の場も世界中に広がり、その経験値が国内の業務にも活かされている。

空間を豊かに彩る意匠材「フォルティナ」

2024.09.02

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