コラム

オーバーツーリズム対策!
地域住民への影響や日本の対策事例を紹介

観光客の急増により、地域住民の生活環境に悪影響が及ぶ「オーバーツーリズム」が世界中で問題となっています。特に日本でも、人気観光地における混雑やマナー違反が顕著になり、地元の暮らしや文化への影響が懸念されています。こうした課題に対し、国内外でさまざまな対策が講じられており、観光と地域の共生を図る取り組みが進められています。
本記事では、オーバーツーリズムの基本的な概念から、地域住民への影響、効果的な対策の考え方、日本における自治体の実践例、そして未来に向けた観光のあり方までを詳しく解説します。


オーバーツーリズムとは

オーバーツーリズムとは、特定の観光地に許容範囲を超える観光客が集中することで、地域住民の生活や自然環境、景観などに対して負の影響が生じてしまう状況を指します。この現象は、交通機関の混雑、ゴミ問題の深刻化、騒音、地域文化とのあつれきなど、さまざまな形で現れます。

近年、世界的な旅行需要の高まりやLCC(格安航空会社)の普及などが背景となり、多くの観光地がこの課題に直面しています。

こうした状況は、持続可能な観光のあり方を考える上で重要な論点となっており、世界各地でその実態と対策が議論されています。

世界各国のオーバーツーリズム事例

世界に目を向けると、多くの観光地がオーバーツーリズムの問題を抱えています。たとえばヨーロッパの一部都市では、歴史的な街並みに観光客が押し寄せ、地元住民の生活空間が脅かされる事態が発生しました。

また、美しい自然で知られるアジアのビーチリゾートにおいては、訪問者の増加が水不足や環境汚染を引き起こす要因となることがあります。さらに、貴重な遺跡や自然保護区を有する南北アメリカの地域では、文化遺産や生態系の保全が喫緊の課題となり、入場者数の制限や事前の予約制度を導入する動きが見られます。

これらの事例は、観光の恩恵と負荷のバランスを取ることの難しさを示しています。

日本の観光地で生じている問題の実態

日本国内においても、オーバーツーリズムは各地で顕在化しつつあります。特に人気の観光地では、外国人観光客を含む多くの訪問者によって、バスや電車といった公共交通機関が日常的に混雑し、地域住民の移動に支障をきたすケースが報告されています。

宿泊施設の不足を背景に、住宅地での民泊が増加した結果、騒音やゴミ出しルールの違いから近隣住民との間でトラブルが発生することもあります。加えて、一部の観光客によるマナー違反、たとえば私有地への無許可での立ち入りや写真撮影、ゴミのポイ捨てなどが問題視されており、地域社会との間に摩擦を生んでいます。

オーバーツーリズムが地域住民にもたらす影響

オーバーツーリズムは、地域社会に大きな経済効果をもたらす一方で、地域住民の生活に深刻な影響を与えています。特定の観光地に観光客が過度に集中することで、住民の日常生活や地域文化が変容し、地域経済の脆弱性も高まっています。

こうした問題は、世界各地の人気観光地で顕在化しており、持続可能な観光の実現に向けた取り組みが急務となっています。観光地としての魅力を維持しながら、地域住民の生活環境を守るバランスのとれた対策が求められています。

生活環境の悪化と住民負担の増加

オーバーツーリズムにより、公共交通機関の混雑は地域住民の日常生活に大きな支障をきたしています。京都市では市バスが観光客で満員となり、地元住民が通勤や買い物などの日常的な移動に困難を抱えています。また、深夜まで続く観光客の騒ぎ声やスーツケースを引く音は、住民の睡眠を妨げる要因となっています。

観光客の急増はインフラ整備のコスト増大にもつながり、水道施設やゴミ処理施設の拡張費用が自治体の財政を圧迫しています。さらに、民泊などの観光向け住宅需要の増加により家賃が高騰し、地域住民が住み慣れた場所を離れざるを得ない状況も生まれています。

地域文化の変容と価値の低下

観光客の増加に伴い、地域の伝統文化が観光客向けのショーとして商業化されていくケースが増えています。バリ島の伝統舞踊は本来宗教的な儀礼でしたが、観光客向けに簡略化された形で提供されるようになり、文化的価値が薄れつつあります。

また、地域住民向けの日常的な店舗が観光客向けの土産店や飲食店に置き換わることで、地域固有の景観や生活文化が失われています。京都の祇園や先斗町では、神聖な寺院が観光スポット化し、本来の宗教的意義よりも写真撮影の場として認識される傾向があります。こうした変化により、地域住民は自分たちの生活圏や文化的アイデンティティを喪失する危機に直面しています。

観光依存によるリスクと脆弱性

地域経済が観光産業に過度に依存することで、外部環境の変化に対して脆弱な構造が形成されています。観光のモノカルチャー化は、経済的安定性を損なう要因となっており、新型コロナウイルスによるパンデミックでは、観光客の急減により多くの観光地が深刻な経済危機に陥りました。

地域外の大手ホテルチェーンや旅行会社が観光収益の多くを得る構造では、利益の地域外流出が起こり、地域内経済循環が弱体化しています。また、一時的な観光ブームに合わせて乱立した宿泊施設は、需要の低下により廃屋化するリスクを抱えており、地域の景観や安全性を損なう負の遺産となる可能性があります。

効果的なオーバーツーリズム対策の基本戦略

オーバーツーリズム対策には、地域の実情に合わせた多角的なアプローチが必要となります。観光客の分散化や受け入れ体制の整備、デジタル技術の活用、経済的手法の導入、そして何より地域住民との協働が重要です。

こうした戦略は世界各地で実践され、多くの地域で成果を上げています。持続可能な観光の実現には、地域住民の生活環境を守りながら、観光による恩恵を最大化する均衡点を見つけることが求められます。観光地としての魅力を将来にわたって守り、地域内での観光収益の循環も促進する対策を、以下で具体的に見ていきましょう。

観光客の時間的・空間的分散化

特定の時期や場所に観光客が過度に集中するのを避けるためには、訪問者を時間的、空間的に分散させる取り組みが有効です。時間的な分散では、旅行需要が少ないオフシーズンや平日の魅力を伝えたり、早朝や夜間といった時間帯ならではの体験を提供したりする方法が考えられます。

空間的な分散においては、有名な観光スポットだけでなく、周辺地域やまだあまり知られていない場所へ観光客を誘導することが求められます。これを実現するためには、ウェブサイトやSNSなどを通じて、分散化を促す情報を効果的に発信し、プロモーションを展開することが重要となります。

また、一部の施設やエリアでは、事前の予約システムや時間帯別の入場制限を導入し、物理的に訪問者数をコントロールすることも有効な手段となりえるでしょう。

デジタル技術の活用とスマート観光の推進

近年注目されているのが、AIやIoT、ビッグデータといった先端技術を駆使したオーバーツーリズム対策です。これらの技術を活用することで、観光地の混雑状況をリアルタイムで把握し、ウェブサイトやデジタルサイネージを通じて旅行者に情報提供することが可能になります。

たとえば、「nomachi」のようなシステムでは、センサーやデジタルマップを用いて観光地や駐車場の混雑を可視化し、訪問者の行動を分散させるよう促すことができます。スマートフォンアプリを通じて、空いているルートや時間帯の情報を提供し、観光客の行動をスマートに誘導することも有効でしょう。

収集されたビッグデータを分析すれば、より効果的な観光政策の立案にもつながります。ただし、これらの技術導入には、プライバシーへの配慮や導入コスト、地域による技術格差といった課題も存在します。

観光税導入と適切な入場制限の設計

経済的な手法や物理的な制限を用いて、観光客の流入をコントロールすることも対策の一つとなります。具体的には、宿泊税や特定の地域に入る際に課す入域税、文化財などの入場料を設定する方法があります。国内外の事例を見ると、これらの税収や料金収入を、観光インフラの整備や自然環境の保全、地域文化の振興といった目的のために活用し、地域に還元する仕組みが作られています。

また、自然保護地域や歴史的建造物などでは、保全を目的として1日あたりの入場者数に上限を設けたり、完全予約制を導入したりするケースも見られます。時間帯によって料金を変えるなど、価格設定を通じて観光客の訪問タイミングを調整することも、混雑緩和に寄与する可能性がありますが、導入にあたっては公平性や効果について慎重な検討が必要です。

地域住民との協働による観光マネジメント

持続可能な観光を実現するためには、行政や事業者だけでなく、地域住民が主体的に関わる観光マネジメント体制を築くことが非常に重要になります。観光に関する計画を立てる段階から住民が参加し、意見を出し合い、合意を形成していくプロセスを経ることで、地域の実情に合った対策が実現しやすくなります。

観光客に対するマナー啓発活動においても、地域住民がその担い手となることで、より説得力が増し、効果的な呼びかけが期待できるでしょう。また、地域住民と観光客が交流する機会を設けることは、相互理解を深め、文化への敬意を育む上で役立ちます。

住民の意見や懸念を定期的に吸い上げ、観光政策に反映させる仕組みを整えることが、地域に受け入れられる観光の発展につながります。

日本の自治体が実践するオーバーツーリズム対策事例

日本各地の観光地でもオーバーツーリズムの問題は顕在化しており、多くの自治体が独自の対策を講じています。世界文化遺産を有する京都市や白川村では、地域の文化的価値を守りながら観光客を受け入れるバランスの取れた施策が展開されています。また、鎌倉市や廿日市市など、それぞれの地域特性に応じた対策が模索されています。

これらの先進的な取り組みは、今後オーバーツーリズムに直面する可能性のある地域にとって貴重な参考事例となるでしょう。各自治体の実践例から学び、地域の実情に合わせた効果的な対策を検討することが重要です。

京都市の包括的な観光政策と混雑緩和への取り組み

京都市はオーバーツーリズム対策として、観光シーズンにおける多角的な施策を実施しています。京都駅への一極集中を緩和するため、鉄道事業者と連携し、JR山科駅やJR東福寺駅などのサブゲートを活用した人流の分散化を図っています。

この取り組みは観光客の「日常生活・出発地」「車内・経路」「目的地直前」という3段階で情報発信を行い、効率的なルート利用を促しています。市バスの混雑対策としては、輸送力の再配分や増強、地下鉄を活かした移動経路の分散化を進めており、特に観光客向けの「観光特急バス」の新設や手ぶら観光の推進などきめ細かな対応が特徴的です。タクシー乗り場でも滞留対策や乗合タクシーの運行実証実験を実施しています。

白川村における保全と観光の両立事例

岐阜県白川村は、世界遺産の合掌造り集落で知られる観光地です。人口約1,600人の村に対し、年間200万人を超える観光客が訪れる状況下で、先進的なオーバーツーリズム対策を展開しています。その中核となるのが「白川郷レスポンシブル・ツーリズム」という取り組みです。

2023年12月に開設された専用ウェブサイトでは、日本語、英語、中国語(簡体字・繁体字)、フランス語の5言語で情報を発信し、観光客に対して地域の文化や環境を尊重する責任ある観光を呼びかけています。サイト内では白川郷の歴史や文化について詳しく紹介するとともに、守ってほしい5つのマナーを明示しています。

これらのマナーには、私有地への無断立ち入り禁止やドローンの使用制限、写真撮影時の配慮などが含まれており、地域の生活環境を保護しています。

鎌倉市のマナー啓発と観光客教育の実践

歴史的な街並みと豊かな自然を求めて多くの人々が訪れる神奈川県鎌倉市では、観光客のマナー向上に力を入れています。市は公共の場所でのマナーに関する条例を定め、快適な環境づくりを進めています。

また、観光客が特定の場所に集中するのを避けるため、公式の観光情報サイトや混雑状況を示すマップを提供し、訪問時間の分散や代替ルートの利用を促しています。広告媒体を活用した呼びかけや、混雑が予想される場所への誘導員の配置なども行い、円滑な観光と住民生活との調和を図ろうとしています。

一方で、日帰り客が多いといった特性からマナー啓発が浸透しにくいという課題もあり、継続的な情報発信と工夫が求められます。

広島県廿日市市の宮島訪問税にみる財源確保戦略

世界遺産・厳島神社がある宮島(広島県廿日市市)では、持続可能な観光地づくりを進めるため、2023年10月から「宮島訪問税」を導入しました。この税は、島を訪れる観光客から一人あたり一定額を徴収するもので、フェリー運賃に上乗せする形で運用されています。

導入の背景には、増加する観光客への対応に必要な財源を確保し、島の自然環境や歴史的景観を将来にわたって保全していく狙いがあります。集められた税金は、トイレや休憩所の整備、ゴミ処理、混雑緩和策、情報提供の充実など、観光客の受け入れ環境向上と島の価値維持のために使われる計画です。導入にあたっては、丁寧な説明と合意形成が図られました。

持続可能な観光地経営に向けた今後の展望

オーバーツーリズムの課題に対処しながら持続可能な観光地を実現するためには、長期的な視点に立った戦略が必要です。産業のマネジメントや地域主体のビジョン構築、国際的な指針との連携など、多角的なアプローチが求められています。

持続可能な観光は、単なる環境配慮だけでなく、地域経済の安定と文化的価値の保全、そして住民生活の質の確保を含む総合的な取り組みです。観光客数の量的拡大から質的向上への転換を図りながら、地域の自律性を高め、外部環境の変化にも柔軟に対応できる観光地経営を目指すことが、今後の重要な方向性となるでしょう。

観光地としての価値を守るための産業マネジメント

地域固有の魅力を守り育てるためには、観光産業に対する適切な管理が求められます。たとえば、無秩序な開発を防ぐために、民泊の運営ルールを定めたり、宿泊施設の建設場所を制限したりする法制度や条例の活用が考えられます。

また、地域住民が主体となってまちづくりのルールを定め、それを守っていくといった自主的な取り組みも、地域らしさを保つ上で有効です。地域外からの投資を受け入れる際にも、地域の文化や環境への配慮を求めるなど、一定のルールのもとで協力関係を築くことが大切になるでしょう。

将来にわたって観光客を惹きつけるためには、その土地の歴史や自然環境を尊重した観光産業の育成方針を持つことが重要になります。

地域主体の観光ビジョン構築と実行体制

持続可能な観光を実現するためには、地域が自ら将来像を描き、それを実現していくための体制づくりが欠かせません。住民、観光事業者、行政など、地域のさまざまな関係者が協力して、どのような観光地を目指すのかというビジョンを共有することが第一歩となります。

そして、観光が地域にもたらす経済的な効果だけでなく、社会や環境への影響も定期的に把握し、評価する仕組み(モニタリング体制)を整える必要があります。感染症の流行や国際情勢の変化といった予測困難な事態にも備え、リスク管理や危機発生時の対応計画をあらかじめ準備しておくことも重要でしょう。

継続的に対話を重ね、地域全体で合意を形成していくための場を設けることが、実効性のある取り組みにつながります。

国際観光機関の指針と日本の観光政策の方向性

国連世界観光機関(UNWTO)は、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」を持続可能な観光と定義しています。

この国際的な指針を踏まえ、日本でも観光庁が2018年度に「持続可能な観光推進本部」を設置し、2020年には「日本版持続可能な観光ガイドライン」を公表するなどの取り組みを進めています。また、2023年に策定された観光立国推進基本計画では、従来のインバウンド客数目標を設定せず、「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」を重視する方針に転換しました。

この計画では、持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数を令和7年までに100地域(うち国際認証・表彰地域50地域)にするという目標を掲げており、量から質への政策転換が具体化されています。今後は、観光庁の「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」などを通じて、全国各地での取り組みが加速することが期待されています。

TOPPAN「nomachi」で混雑可視化

オーバーツーリズム対策において有効なツールとして、デジタル技術を活用した混雑状況の可視化が注目されています。北海道美瑛町で実施されているAIによる画像解析技術を用いた混雑状況のリアルタイム可視化のように、テクノロジーを活用した先進的な取り組みが各地で始まっています。

TOPPAN社が提供する「nomachi」も、このようなデジタル技術を活用したソリューションの一つです。このシステムではセンサー技術を活用し、観光地や駐車場などの混雑状況をリアルタイムで把握することが可能となっています。デジタルマップと連携したインターフェースにより、観光客は事前に混雑情報を確認でき、観光地での体験向上につながります。

自治体での活用事例としては、人気観光地周辺の駐車待ち車両による渋滞緩和や、特定エリアへの観光客集中を分散させる取り組みがあります。センサーとAIカメラを連携させることで、リアルタイムの混雑情報と交通速度の表示が可能となり、さまざまな観光スポットの情報を一元的に観光客へ提供することで、混雑の平準化と分散化を実現しています。

まとめ

本記事では、オーバーツーリズムが地域住民にもたらす影響と具体的な対策事例について紹介しました。住民の生活環境の悪化や地域文化の変容、観光依存による経済的脆弱性といった問題に対し、効果的な基本戦略として観光客の時間的・空間的分散化やデジタル技術の活用、観光税導入と入場制限、地域住民との協働が挙げられます。

京都市や白川村、鎌倉市、廿日市市などの自治体では、地域特性に応じた独自の対策が展開されています。持続可能な観光地経営に向けては、産業マネジメントや地域主体のビジョン構築、国際的指針との連携が重要です。観光客数の量的拡大から質的向上への転換を図り、地域の自律性を高めながら、外部環境の変化にも柔軟に対応できる観光地づくりを進めることが、今後の持続可能な観光における鍵となるでしょう。

2025.06.16