【セミナーレポート】“説明のクローン”が外来を変えた─DICTORを使った新しい患者説明のかたち
*本記事は、2025年7月8日に開催された第一回DICTORセミナー「病院経営の視点からみる“働き方改革”」の講演内容をもとに構成したアーカイブレポートです。
当日は、藤沢湘南台病院 病院長の鈴木紳祐先生をお迎えし、現場の医師として、そして病院経営者としての両方の視点から、インフォームド・コンセントの課題とDICTOR導入による効果についてご講演いただきました。
- 藤沢湘南台病院 病院長/消化器外科(大腸外科)医師 鈴木紳祐 先生
- TOPPAN株式会社 宮田健一
第一部:鈴木先生ご講演
登壇者:藤沢湘南台病院 病院長/消化器外科(大腸外科)医師 鈴木紳祐 先生 |
■患者さんへの説明、ICの課題
鈴木先生:私の専門は大腸肛門ですので、一番多いのが肛門疾患の手術です。当院では年間600件ほど行っています。大腸がんの手術も年間150件ほどです。
大腸がんのICはだいたい30分ぐらい、肛門疾患でも10分から15分ぐらいかかります。午前の外来が終わるのが、午後4時や5時になってしまうこともあります。
ご本人には十分説明しても、ご家族が聞いていなくて、あとから『もう一度聞きたい』と来られることもあります。また、医師が複数いるためにそれぞれ独自でICを行い、説明に再現性がないというのも課題でした。
患者さん自身も、一度説明を受けても、自宅に帰ったあとにもう一度聞きたいと来院されることがありました。そういう点が外来で課題だと感じていました。

■YouTubeもやってみたが…
鈴木先生:そこで、数年前から患者さん向けに手術説明の動画を作ってYouTubeで配信し、QRコードで共有する取り組みをしていました。
ただ、本当に見ているのか分からない、古い動画がそのまま残ってしまう、あるいは他院で使われる可能性がある。そういった問題を感じていました。
また、外来が忙しく午前中が延びて午後4時や5時になるので、ICを他の先生にお願いすることもあるのですが、その場合も再現性が保てないという課題がありました。
■実際の運用方法
鈴木先生:そこで、先ほど説明があったDICTORを導入してやっていくことにしました。
導入にあたっては、まずiPadを用意して、患者さんに動画を見てもらうところから始めました。疾患や手術、同意書の内容まで動画にしてあり、患者さんのIDを入力すると専用の動画セットが作成されます。そこからQRコードを出して、患者さんにはスマホで撮影していただき、ご自宅やご家族と共有していただいています。
患者さんが動画を見ている間に、私はカルテを書いたり、手術のオーダーを入れたり、他の業務をしています。動画が終わった頃に戻ってきて、同意書を渡すという流れです。


■Before / Afterの変化
鈴木先生:実際の外来の様子を、DICTORあり/なしで動画に撮って比較してみたところ、明らかな違いがありました。
DICTORなしの時は、説明に12分かかって、その間ずっと医師が説明に張りついている。でもDICTORありだと、9分ほどで済んで、私はその間に他の仕事を終えている。
数字だけ見ると「3分の差か」と思われるかもしれませんが、その「3分」に含まれる情報量や作業効率の差は非常に大きいです。
DICTORを活用している間に、私は手術オーダーや紹介状の返書作成、カルテ記載といった通常なら診察後に行っていたタスクをすでに完了させることができています。
また、DICTORありの場合は、患者さんに動画を見てもらっている間に私は一時席を外し、隣室で別の患者さんの診察を並行して行うこともあります。診察とICを並列的に進められるようになったことも大きな変化です。
患者さんからも、「早く帰れて助かりました」「先生の分身が話してくれるのが新鮮でした」といった声がありました。
従来は待ち時間が長くなりがちで、診察後にICのためさらに20分近くお待たせすることもありましたが、DICTORの導入により待ち時間も1時間弱まで圧縮され、患者さんの満足度にも確かな手応えを感じています。
さらに、ICを動画化することで、患者さんのご家族との情報共有もスムーズになりました。スマートフォンでQRコードを読み取るだけで、ご自宅でも繰り返し確認いただけます。説明の理解度・納得度の向上にもつながっていると実感しています。

■院内での広がり
鈴木先生:今では、私の外来では基本的にDICTORを使って説明しています。
それを見た他の科の先生方からも「うちでも使いたい」と声があがり、いま院内で動画をどんどん増やしているところです。
外来だけでなく、病棟での説明や入退院の案内、看護師さんが毎回繰り返し行っている内容なども、今後DICTORを使って定型化していく予定です。

第二部:対談セッション
藤沢湘南台病院 病院長/消化器外科(大腸外科)医師 鈴木紳祐 先生 TOPPAN株式会社 宮田健一 |
■医師の「説明業務」、本当にこのままでいいのか?
宮田:先ほども少し触れていただきましたが、インフォームド・コンセント(IC)という業務において、先生ご自身や病院全体としてどのような課題を感じていらっしゃったか、改めてお聞かせいただけますか。
鈴木先生:私自身の課題で言うと、1日に同じ説明を何度も繰り返さなければならないことです。たとえば痔の手術だけでも1日に10件ほどあり、1人に10分かけて説明すると、それだけで100分以上を同じ説明に費やすことになります。
その間は他の業務ができませんし、毎回同じようにミスなく説明しなければならないという緊張感もあって、正直かなり疲弊していました。今ではDICTORが安定して説明してくれるので、その分リラックスして患者さんの質問に応じられる余裕が生まれています。この点は大きな改善だと感じています。
病院としての課題は「再現性」でした。たとえばがんの手術では、1人に30〜40分かけて説明しますが、内容が高度で難しいため、医師の理解度や表現によって説明に微妙なずれが生じてしまいます。
細かい例では「どの合併症が何%の頻度で起きるか」といった部分で、数字や言い回しが医師によって異なることがありました。その結果、患者さんが入院後に「説明と違う」と感じ、不信感につながってしまうこともあったのです。こうした点がICの大きな課題だと考えていました。

■説明にかかる「時間」と「人手」
宮田:外科以外の診療科も含めると、説明にかかる時間は相当なものかと思います。
鈴木先生:外科だけで見ても、手術が多い日は1日で20件ほどあります。手術説明は1人10〜20分ほどかかるため、外科だけで1日400分以上を説明に費やしています。
当院は300床規模で、日々の入院・手術患者は約500人、外来患者も同数。もちろん全員にICを行うわけではありませんが、説明にかかる時間は1日で数千分、月に数万分、年間では数十万分にのぼる計算です。
さらに入退院説明もあり、仮に1日50人に対して各10分説明すれば、それだけで500分。こうした「同じ説明」に膨大な時間と人手が割かれているのが現状です。
■現場の反応:「本当に患者さんは満足するのか?」
宮田:最初に導入する際、鈴木先生ご自身はICTに対して非常に前向きなお考えをお持ちでしたが、周囲の医療スタッフの方々からのリアクションはいかがでしたか? こうした新しい仕組みを導入するにあたって、何か反応や懸念の声などはありましたか?
鈴木先生:私自身は、DICTORを使えばこういうICの環境が実現できるというイメージは最初から持っていました。ただ、これまで「ICは医師が患者さんの前で直接行うもの」「紙に図を書いて説明するのが当たり前」というやり方を続けてきた職員からすると、iPadを使って動画を見てもらうというスタイルに最初は戸惑いがあったと思います。
特に医療従事者としては、「動画で説明したら、患者さんの満足度や理解度が下がるのではないか」という懸念が強くありました。導入初期は、動画の完成形をまだ誰も見ていない中で、「本当に患者さんがこれで納得してくれるのか?」「動画の内容で正しく理解してもらえるのか?」という不安や疑問の声が多く聞かれました。

■ICの「再現性」と「教育効果」
鈴木先生:一番大きな変化として感じたのは、「手術の説明は自分で絵を描けないといけない」という従来の認識が、DICTORによって変わったことです。アニメーションを含む動画を使うことで、患者さんの理解が格段に深まりました。
手書きの図だと毎回少しずつ違いが出てしまいますが、動画であれば毎回同じ内容・表現で再現できるため、説明の質も均一になります。その意味でも導入してよかったと感じています。
また、これはベテランの意見だけではなく、これからICを多く担っていく若手の先生にとっても非常に有用です。上司の説明や図を見て学ぶことはできても、実際に患者さんを前にして同じように説明するのは難しい。ですがDICTORがあれば、まずは動画で伝えられる安心感がありますし、それを補足する形で説明すればよいため、若手にとっても良い教材として機能していると思います。
■「言葉の意味がわからない」から「本質的な質問」へ
宮田:DICTORを導入する前と導入後で、患者さんからの質問や、先生ご自身が感じられる理解度の変化について、率直にお聞かせいただけますか。
鈴木先生:そうですね。導入前はまず「今の言葉はどういう意味ですか?」といった基本的な用語の確認から質問を受けることが多かったです。外来では次の患者さんが待っているなかで限られた時間でICを行う必要があるため、どうしても早口になったり説明が不十分になってしまうことがありました。
その点、DICTORは落ち着いた口調でじっくりと説明してくれるので、用語そのものについて聞かれることはほとんどなくなりました。これが一番大きな変化だと思います。
さらに、動画を見てもらったあとに「今の動画で分からないところはありますか?」と尋ねると、かなり的確で細かい部分に関する質問が返ってくるようになりました。たとえば「手術のこの場面でこうすると説明がありましたが、それはどういう意味ですか」といった具合です。
一度視聴しただけでここまで理解して質問できるのは、明らかに理解度が高まっている証拠だと感じています。

■患者満足度への影響
宮田:ICの効率化を進めていくうえで、やはり気になるのは患者さんの満足度です。実際にDICTORを使ってみて、その点についてどのように感じられましたか。
鈴木先生:満足度は明らかに上がっていると考えています。私たちは普段から患者さんに満足度調査をお願いしており、フリーコメントでもご意見をいただいています。
導入前は「待ち時間が長い」「質問がしづらい」といった声が少なくありませんでした。すべてのICを医師が一から説明していたため、どうしても時間がかかってしまい、患者さんにとっても負担が大きかったのです。
一方でDICTORを導入してからは、待ち時間が短縮されただけでなく、「動画で説明を一度見られるので質問しやすかった」といった前向きなコメントが寄せられるようになりました。結果として、満足度は着実に向上していると実感しています。
■クローン動画への反応と“患者さんが使えるかどうか”問題
宮田:実際にDICTORを患者さんに見ていただく中で、印象的だったエピソードなどがあれば教えてください。
鈴木先生:面白い反応はたくさんあります。医師と患者さんとのICの場面では、時間に追われて質問しづらい雰囲気になりがちです。しかしクローン(アバター)が説明していると、不思議とその垣根がなくなるのか、患者さんが画面に向かって「うんうん」「ああ、そういうことね」と相槌を打つことがよくあります。私が隣にいるのですが、まるでクローンと対話しているかのように頷いたりメモを取ったりする姿が見られるんです。これは年代を問わず、30代の方から70〜80代の方まで幅広く見られます。
当院がある藤沢市は高齢者の多い地域で、大腸がんや肛門疾患の患者さんも50代以上が中心です。そのため、当初は「高齢の方にはiPadやQRコードは難しいのでは」と懸念されていました。ところが実際に数か月運用してみると、使えなかった方はほとんどいませんでした。QRコードで動画を読み込んで自宅で視聴していただく仕組みですが、スマートフォンを全く持っていなかった方はこれまで一人だけ。その方もご家族の端末を使って視聴されました。結果として99%以上の患者さんが問題なく利用できています。
印象的だったのは、80歳ほどの患者さんが「病気のことはもうChatGPTで調べてきたから説明はいらないよ」とおっしゃったことです。それくらい高齢の方でもデジタルに親しんでいる方が多く、最初に想像していた以上にIT活用は進んでいると感じています。

■院内での広がりとスタッフの反応
宮田:先生ご自身が効果を実感されたことによって、院内の他の先生方やスタッフの反応にも変化があったと思います。その点はいかがでしょうか。
鈴木先生:最初に「いいですね」と言って使い始めてくれたのは、同じ外科の後輩でした。DICTORを使えば説明の再現性が担保できると分かりますし、これまでタスクシフトの一環で他の先生にICをお願いすることもあったのですが、「これならDICTORに任せられる」と感じてくれたようです。私が実際に使っている様子を見て、納得して取り入れてくれました。
そこから少しずつ広がり、同じブースで外来を担当する先生が使い始め、その先生が別のブースで勤務するとさらに広がる――そんな形で院内に浸透していきました。
また、医師だけでなく看護師や事務職員にも利用が広がっています。入院や退院時の説明を行う看護師、日常的に患者さんと接する事務職員も、私がDICTORを使っているのを見て「これは便利だ」と言って使い始めてくれました。院内全体に自然に広がっているのを感じています。

■経営視点から見た価値
宮田:鈴木先生は外科医として手術に携わる一方で、病院長として経営的な視点もお持ちです。DICTORによる業務効率化について、どのような期待をされていますか。
鈴木先生:外科医としての立場から言うと、自分が日常的に担っているIC業務をDICTORに任せられるのは大きな助けになります。いわば「タスクシフトをしたい側」として、DICTORは非常に有用です。
一方で経営者として見ると、また別の課題が見えてきます。医師は働き方改革のもとで時間外労働を減らしていかなければなりませんし、看護師も不足しています。病院に就職する人材そのものが減っている中で、こうした業務をどう補完していくかは大きな課題です。その点、DICTORは安心してタスクシフトを任せられる存在です。
外科医としても、経営者としても、立場によって目線は異なりますが、いずれの視点から見てもDICTORに助けられていると感じています。
■「IC動画の管理と更新」──DICTORで実現できた柔軟性
宮田:先生の病院では以前からYouTubeも活用されていたとのことですが、DICTORとの違いはどう感じられますか?
鈴木先生:確かに数年前から職員がYouTube動画を作ってくれていました。ただ、YouTubeにはいくつか課題がありました。まず、一度公開すると古くなった内容がそのまま残ってしまうこと。さらに、患者さんに渡しても実際に視聴されたかどうかを把握できない点も問題でした。
ICに関しては、手術内容や手技が少しずつ変わっていくため、改定の頻度が高いんです。その都度動画を作り直すのは非常に大変でした。実際、テキストや同意書、入退院説明の文面は各職種が日常的に修正していますが、YouTubeだとその反映に1〜2か月はかかってしまう。一方でDICTORなら、テキストを直せば翌日には新しい動画ができる。この「翌日に反映できる」というスピード感は圧倒的で、実務において非常に助かっています。
また、病院全体で展開するには「誰でも扱える仕組み」が不可欠です。DICTORはその点でもハードルが低く、院内のさまざまな職種にとって実用的なツールになっています。

■「まずは1本つくってみる」のすすめ
宮田:本日ご視聴いただいている方の中には、これからDICTORを導入しようと検討されている方も多いと思います。先生ご自身のご経験を踏まえて、導入の第一歩としてどのように取り組めばよいか、アドバイスをいただけますか。
鈴木先生:実は私も1年前はまったく同じ立場でした。学会でDICTORのセミナーを聞いて、「こんなシステムがあるなら試してみたい」と興味を持ったのがきっかけです。ただ、実際に導入するとなるとコストの問題や、動画制作のハードルが高いのではと不安に思う部分がありました。
そこでおすすめしたいのは、まずは簡単な動画を一つ作ってみることです。たとえば日常的に行っている手術説明を題材に、10分程度のテキストを用意して動画を作成してみる。それだけで「こんなに簡単にできるのか」と実感できると思います。
ICTやDXの取り組みは、従来どうしても障壁が高いイメージがありますが、DICTORはその点で非常に取り組みやすい。まずは一度試してみれば、その良さと導入のしやすさを実感できるのではないでしょうか。
2025.08.28