コラム

【鈴木謙介さんインタビュー】
「時間価値」がこれからの消費のキーワード
「時短」から「価値ある時間」の提供へ

コロナ禍以降、いっそう多様化の兆しを見せるライフスタイル。今や空間を飛び越え、さまざまなモノやコトを売り買いする私たちの行動を「時間」という視点から捉えなおすと、新しい消費のかたちが見えてきそうです。関西学院大学准教授の鈴木謙介さんに、「時間価値」と「消費」のあり方について伺いました。

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見出し「購入前後の時間も含めて、時間価値をとらえる」以降がWeb限定の内容となっております。


関西学院大学 社会学部社会学科 准教授
鈴木謙介(すずき・けんすけ)さん

関西学院大学 社会学部社会学科 准教授 鈴木謙介さん
国際大学GLOCOM助手などを経て、2009年関西学院大学助教、2010年より現職。専攻は理論社会学。著書に『誰もが時間を買っている』『ウェブ社会の思想』『カーニヴァル化する社会』など多数。

「時間」が、商品の価値を大きく左右する時代に

最近、「時短」を売りにする商品やサービスに注目が集まっていますが、それは、人々が時短することに対する社会の許容度が上がったことと関係がありそうです。例えば会社の飲み会など、できれば早く帰りたいと思っている人は以前からいましたが、コロナ禍を経て、そうした気持ちをおおっぴらにしても良い社会になった。そこに時短できるサービスが提供されるようになり、あらためて時短やタイパが意識されるようになったのでしょう。

ただ、昨今「若者はタイパを重視している」といわれますが、データを見るとそのような傾向は確認できません。また「モノ消費、コト消費の次は時間の価値が求められる時代だ」などともいわれますが、モノが売れなくなるわけではありません。オートクッカーやロボット掃除機のように「自動でおまかせすることで自由時間を作る」ことのできる「時産家電」も人気です。時間の価値はいろいろな商品・サービスの付加価値になるものなので、「どのような時間価値を提供する商品なのか」をつぶさに分析しておく必要があります。


時間価値を高める2つの手法。「減算時間価値」と「加算時間価値」

私は近年の消費には時間価値を高める2つの手法があると考えています。これらを「減算時間価値」「加算時間価値」と名付けました。

「減算時間価値」とは、消費に関わる時間の中で、自分にとって不要な時間をできるだけ差し引く手法で、いわゆる「時短」です。例えば、テレビCMをスキップできる機能や倍速視聴などもこれに当たるかもしれません。

一方で、消費の時間が長くなればなるほど価値が生まれるという商品もあり得ます。「タイパ」というと、時短ばかりが注目されがちですが、長い時間をかけて消費することで「タイパ」の「パ」、つまりパフォーマンスが上がるケースです。このように、消費に関わる時間のうち、価値ある部分を加算していく手法が、「加算時間価値」です。例えば、テーマパークでアトラクションに並ぶ段階からその世界観に入り込めるような造りや仕掛けになっていることなどが、その一例。消費者は並んで待っている時間さえも楽しめ、期待感をより高めることができます。

「減算時間価値」と「加算時間価値」

減算時間価値を生んでいる例としては、コンビニジムの「chocoZAP」が注目されています。会社帰りなど、着替えることなくすぐ始められて、終わったあともすぐに帰れる。ちょっとした空き時間も有効活用できるといった点では、減算時間価値を提供しているといえますが、セルフエステやマッサージチェアなども併設され、幅広いサービスを提供しているといった加算時間価値の要素があることも見逃せません。

このように、実際には減算時間価値と加算時間価値の両方が共存している場合もあり、必ずしも割り切れるとは限りません。例えば、最近面白いと感じたものには、大阪梅田にオープンした「アットコスメ」のフラッグシップショップがあります。もともとアットコスメは人気商品のランキングや口コミが閲覧できるWebサービスなので、これを参考にすることで、人によっては商品を選ぶ時間を短縮できます。一方、リアルの店舗では、ランキング上位の商品の現物を手に取ることができるだけでなく、化粧品のサンプルが自販機からゲットできたり、プロに相談できたりします。そこに行くこと自体がエンタメ化されているので、Webストアの利用者でもわざわざ足を運ぶのです。つまりアットコスメの場合、Webではランキング上位の商品が確認できるという減算時間的なサービスを提供しつつ、リアル店舗では反対に加算時間的な価値を提供しているというわけです。


購入前後の時間も含めて、時間価値を捉える

近年、商品やサービスを消費する時間だけでなく、その前後の時間も含めて時間価値と捉える傾向も高まっています。例えば化粧品の場合、購入する前にさまざまなサイトを見て商品について調べたり、リアルな店舗で試したりする時間、あるいは、購入後に商品についてSNSに投稿したりする時間まで含めて、その商品を消費している可能性があります。商品のカスタマージャーニー(顧客が商品を検討・購入し、消費し、再購入するまでの道のり)が加算的なものになっているのか、減算的なものになっているのか、企業側は意識する必要があるでしょう。

商品購入前の時間が加算時間価値になっている例で最も成功しているのが、スターバックスコーヒーの「フラペチーノ」です。「スターバックス フラペチーノ カスタム」で検索すると、カスタマイズ例の情報が次々と出てきます。つまり、フラペチーノという商品そのものの味わいだけでなく、カスタマイズについて事前に検索し、どのように注文するかを検討する事前の時間が、商品の消費の中に含まれているのです。


減算時間価値のデメリットと、加算時間価値の難しさ

昨今、減算時間価値を提供する商品が次々登場していますが、加算時間価値を提供する商品はあまり出てきていません。主な理由は2つあります。

一つは、需要増加と供給不足です。行動制限の解除により人々の消費行動が戻ってきている一方で、宿泊業界や飲食業界を中心に、人手不足が続いています。そのため、加算時間価値を提供することがかなり難しい状態になっていると言えるでしょう。

もう一つは、「タイパ=時短」というイメージの定着です。タイパという言葉が時間短縮の方向で理解された結果、経済的な環境の変化や、トレンドに対する意識もあって、特にここ1、2年の間には加算時間価値を提供するようなサービスが出てきていないように思います。

そもそも、減算時間価値を追い求めると、本来提供できていた価値すらも享受されることなく消費されてしまうなど、提供側のメリットが少なくなる可能性もあります。時短を実現する商品の開発も企業努力の一つですが、短縮できない時間をさらに充実させて加算時間価値をどう高めていくかが、今後ますます重要になってくるでしょう。「これを短く済ませてしまうなんてもったいない!」と思わせられるかどうかが問われています。

関西学院大学 社会学部社会学科 准教授 鈴木謙介さん

「ずっとここにいたい」と思わせる価値の提供が差別化の鍵

そもそも減算時間価値とは、時間の価値が事前に見積もれることを前提にしています。「これには時間をかけていい」「これには時間をかけたくない」と、事前に自分で判断するわけですから、「やってみたら面白い」「行ってみたら面白い」という話が成立しにくいのです。逆に言えば、「やってみたら楽しかった」という経験を提供できるのであれば、減算時間価値ではなく、加算時間価値を提供できます。

その画期的な一例だと感じたのが、最近、ラスベガスにオープンした「Sphere(スフィア)」という施設です。内部も外部も壁全体が高解像度スクリーンで覆われた球体型の施設で、2023年9月にはロックバンドのU2がこけら落としライブを開催し、その模様が全世界にSNSで共有され、大いに話題になりました。
サブスクリプション動画など、好きなときに好きな場所でエンターテインメントを楽しめる時代において、スフィアは提供側の時間軸の中でしか消費できないエンターテインメントを提供する空間です。会場の中で経験しているものの価値を究極的に高めてしまえば、提供側の時間軸に合わせてでも、「わざわざそこに行って楽しみたい」「できることならずっとそこにいたい」と、人々は感じるはずです。つまり、時短できることが明らかになった社会だからこそ、時短できない空間において、どれだけ「時短したくない」と思わせるような価値を提供できるかが問われている時代なのです。


これからは、時短できない時間の価値が問われている

消費者の需要は、商品やサービスの展開より先に大きく変わることはあまりありません。消費者が「それ、発売してくれて嬉しかった」と感じるような、もともと潜在的にあった需要が目に見える形で提供されることによって、需要が喚起されることが多いわけです。ですから、企業が商品やサービスで時間価値を提供するのであれば、顧客がどんな時間を求めているのかを探るよりも、商品のコンセプトをきちんと立て、それに合った時間価値の方向性を選択していく形になると思います。

やがて、α世代と呼ばれる人々が大人になる時代がやってきます。彼らはまだ小学生なので、その傾向を読み取るのは時期尚早ですが、一つ言えるのは、彼らはタブレットネイティブの世代であるということ。動画視聴や学習でタブレットを使いこなしてきたので、時間の使い方をかなり高度にコントロールできる世代になるでしょう。つまり、彼らが大人になる頃、今まで以上に時間価値を意識した行動を前提とした社会になっていると思います。そしてやはり、時短できないぐらい価値あるものの需要が高まっていくものと予想しています。

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2023.12.11

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