コラム

【一川誠さんインタビュー】
タイパ時代の企業戦略
時間のダイバーシティが「働く」を変える

テクノロジーの発達でさまざまな仕事が効率化に向かう現在。
個々のライフスタイルに配慮した多様な働き方へのニーズも高まる中、企業は従業員の「働く時間」をどのようにマネジメントすべきなのでしょうか? また、社員はパフォーマンス向上のためにどのように「時間」を意識すべきなのでしょうか?
「時間学」を専門とする千葉大学教授の一川誠さんに、これからの企業と「働く時間」について伺いました。

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見出し「サーカディアンリズムに合った1日の過ごし方」以降がWeb限定の内容となっております。


千葉大学 大学院人文科学研究院 教授
一川 誠(いちかわ・まこと)さん

千葉大学 大学院人文科学研究院 教授 一川 誠さん
宮崎県に生まれる。大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了、博士(文学)。学術振興会特別研究員、York University博士研究員、山口大学工学部講師、助教授、千葉大学准教授を経て、現在、千葉大学大学院人文科学研究院教授。人間の心的時間と空間、知覚認知過程や感性の特性に関する実験心理学的研究に従事。

時間に追われる「タイパ」流行のわけ

多くの人々が「時間が足りない」と感じている状況は、ここ数年ずっと続いています。特にコロナ禍の時期、テクノロジーの進化により、インターネットなどを使ってできることの幅が広がりました。便利になって私たちの選択肢は増えたけれど、1日24時間1年365日という、使える時間は変わりません。そのため、多くの人が「時間が足りない」と感じてしまうのだと思います。

セイコーグループが毎年行っている「セイコー時間白書」を監修していますが、「セイコー時間白書2023」が今年の6月に発表されました。そこで浮き彫りになったのは、多くの人が「自分にとって大事なことに時間を使いたい」と考えていて、大事なこと以外はできるだけ短い時間で終えたいと望んでいることでした。「大事なこと以外」とは、例えば、仕事のための情報収集、料理、家事、通勤などといった、やむなくやらざるを得ないことです。これらに費やす時間をできるだけ減らす手段として、さまざまな時短テクニックに注目が集まっているのでしょう。


朝型・夜型は遺伝子レベルで決まっている

では、私たちはどうすれば限られた時間をよりうまく使いこなすことができるでしょうか。その一つのヒントとなるのが、サーカディアンリズムとクロノタイプです。

「サーカディアンリズム(概日リズム)」とは、私たちの身体に備わっている1日周期のリズムのことで、いわば「体内時計」です。地球上のほとんどの生物が、それぞれ固有のサーカディアンリズムを持っています。
人間の場合、このサーカディアンリズムにはいくつかのタイプがあることがわかっており、これを「クロノタイプ」といいます。朝、日の出前に起床する「朝型」、さらに早い時間に目覚める「強い朝型」、日が沈んでからも活発な時間が長い「夜型」、さらにその傾向が強い「強い夜型」、朝型と夜型の中間の「中間型」の、5つのタイプがあります。

注目すべきは、ここ10 年ほどの研究により、クロノタイプは遺伝子レベルで決まっていて、本人の努力ではどうにもならないことが明らかになった点です。例えば、「夜型」の人は朝早く起きるのが苦手なわけですが、それは決して本人がだらしないわけでも生活習慣のせいでもなく、DNAに刻まれた特性によるものだったわけです。
現代の日本の社会は基本的に「朝型」で設定されています。これは、「朝型」や「中間型」の人にとってはまずまず暮らしやすい状態ですが、「夜型」や「強い夜型」の人にとっては心身に負担がかかる時間設定といえます。

クロノタイプはDNAに刻まれた特性によるもの

ある調査によると、日本人の成人のクロノタイプの割合は、「朝型」が約22%、「強い朝型」約6%、「夜型」約23%、「強い夜型」約8%、「中間型」約41%という結果が出ています。つまり、朝9時に出社して5時、6時まで働くという現代人の一般的な1日のスケジュールは、夜型と強い夜型を合わせた約3割以上の人にとって負担が重く、生産性も上がりにくいものになっていたのです。

クロノタイプに合わない生活は、仕事の成果が上がらないばかりか、睡眠障害を招き、生活習慣病のリスクを上げます。特に日本は世界的に見ても自殺が多いことが知られていますが、それは「朝型」のリズムに無理矢理シフトさせられ、睡眠障害からうつ病を発症しやすいことも関連しているのではないかといわれています。


クロノタイプに対応した働き方が、パフォーマンス向上の鍵

体内時計に関する研究は、1990年代から急速に進展し、近年はノーベル医学生理学賞の受賞対象となるなど、サイエンスの分野でも非常に注目を集めているテーマです。特にここ10年ほどの研究成果により、企業や組織はそれぞれのクロノタイプに合った生活体系や働き方のシステムを構築していく必要があることが、科学的に明確になりました。
実際、ヨーロッパなどでは、各従業員のクロノタイプに合わせて働き方の調整を行う会社が出てきていると聞いています。夏時間や冬時間などが廃止されたのも、クロノタイプを考慮してのことであり、そうした社会的な変化がすでに世界的に起き始めています。

ですから、今後企業は、クロノタイプに対応した働き方をどう考え実践していくのかという点が評価される時代になってくるでしょう。こうした動きは体内時計についての科学的な理解に基づいているので、比較的早く進展すると予測しています。わが国においても、科学者の代表機関である日本学術会議が、個人のクロノタイプへの配慮から、一律に生活習慣を早めるサマータイム制度導入に反対する提言を出しています。

ただし企業側が従業員のクロノタイプのチェックを強制的に行い、それを管理して人事の選考基準などに使うとなると、いろいろな問題が生じてくると思われます。「朝型」の人しか採用しない、「超夜型」の人は採用したくないといった企業が出てくる可能性があるからです。
企業としては、公平性と個人情報の保護性に注意しながら、一人ひとりの働き方に対する要望を受け止める方向に動いていくと良いのではないでしょうか。

例えば、企業や組織にはそれぞれ異なるクロノタイプの人がいますし、業務内容や部署ごとに、シフト制、フレックスタイム制、時短勤務制など、さまざまなタイムスケジュールで働いている人が存在します。一つの組織として目標の共通化などを図るためには、定期的にミーティングの機会を持つ必要があるでしょう。そんなときは、どのクロノタイプの人もほぼ代謝が上がっている、午前中の遅めの時間、もしくは午後の早めの時間にセッティングするなどの工夫があるといいかもしれません。


サーカディアンリズムに合った1日の過ごし方

いちビジネスパーソンの視点から考えると、1日24時間という限られた時間の中で十分に生産性を上げるためには、自分のクロノタイプを意識して、サーカディアンリズムに合った過ごし方が有効です。「朝型」を例に解説するので、「強い朝型」の人はマイナス1時間、「中間型」の人はプラス1時間、「夜型」の人はプラス2時間、「強い夜型」の人はプラス3時間ほどを目安としてください。

起床~午前9時頃までは、代謝がまだ低い状態なので、身体を動かす作業には向いていません。その日の段取りを考えるなど、比較的簡単な作業からとりかかりましょう。
午前9時頃になると代謝も上がって頭も冴えてくるので、論理的な判断が必要な作業を進めると良いでしょう。
午後2時~夕方にかけては代謝がピークに達しているので、身体を動かすなど、活動的な作業をするのに向いています。
は基本的に作業に適さない時間です。睡眠に向けてできるだけのんびり過ごしましょう。無理に仕事をしても効率が悪く、ミスが起きやすくなるだけです。

クロノタイプ別ビジネスパーソンの1日

ビジネスパーソンのためのタイムマネジメントのコツ

ここからは、心理学的な知見も含め、時間を上手に使いこなすためのポイントをご紹介します。

自分のスケジュールは、できるだけ自分で決める

まず大切なのは、1日のスケジュールは自分で立てることです。クロノタイプはざっくりと5つに分けられていますが、実際には人によって少しずつ微妙な違いがあります。より自分に合った時間の使い方をするためにも、スケジュールはできるだけ自分主体で管理しましょう。人に決められたスケジュールで動くと、うまくいかなかったときに人のせいにしがちで、その後も同じ失敗を繰り返しやすくなります。その点、自分で決めたスケジュールであれば、なぜ失敗したのか、何が間違っていたのかと考え、その反省を次に活かすことができます。

スケジュールを立てるときは、記憶ではなく、記録に頼る

自分でスケジュールを立てていても、結局ぎりぎりになってしまい慌てた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。なぜそうなるかというと、多くの場合、自分の記憶を頼りに時間配分を甘く見積もってしまうからです。

スケジュールを甘く見積もるという失敗を犯さないためには、自分の行動を客観的な記録に残しておくことが有効です。例えば、『●月●日、●時から●時まで、●●の作業をして完成させた』といった具合です。記録の蓄積ができてくると、自分はどんな作業で甘く見積もってしまうのかがはっきりし、なぜ甘く見積もったのか、その理由も見えてきます。そして、記録を基にスケジュールを立てる習慣が定着していくと、自分の中にある時間の感覚が徐々に補正され、正しいスケジュールを組めるようになってくるはずです。

忙しすぎる人も、メモや写真で記録を残しておく

時間に関する大きな悩みの一つは、やはり「多忙」でしょう。働き方改革や在宅勤務などが広まったものの、とにかく忙しくて日々をやり過ごすだけで精一杯と感じている人は、少なくないと思います。

実際、朝から晩まで隙間なく予定を入れて忙しくなってしまうと、充実した時間や楽しい時間を過ごしていたとしても、ほとんど何も頭に残らなくなってしまいます。そんな方におすすめなのは、やはり記録を残すことです。日記を書くのはとても有効ですし、ちょっとしたメモ程度の走り書きでも良いと思います。それも難しければ、そのときどきでスマホで写真を撮っておくだけでも効果はあります。これらの記録を後から見返すと、「あのときは、こんな風に感じたんだ」と、記憶をリニューアルすることができます。後から充実感や喜びを思い出すことができ、時間を有効に使えた感覚が残るでしょう。

千葉大学 大学院人文科学研究院 教授 一川 誠さん

時間のダイバーシティを尊重し、働き方が選択できる社会に

これからもテクノロジーが進化し続け、時間の使い方の選択肢は増え続けるため、人々が「時間が足りない」と感じる状況は続いていくでしょう。おそらく、「やらないよりはやった方がいい」程度のことは切り捨てていかないと、自分にとって本当に大事なことに使える時間は減っていくと思います。
テクノロジーを活用して生まれた時間の使い方は個人の判断にゆだねられているわけですが、自分の責任で時間の使い方を決めるのは、なかなか大変です。そこに正解はなく、人によって導き出される答えは異なります。つまり、時間をどう使うかは、どう生きるかということに他なりません。他人から指図されたとおりに時間を使ってうまくいったとしても、満足できるとは限りません。結局は自分で考えることでしか、満足のいく時間を過ごすことはできないだろうと思います。

繰り返しになりますが、一人ひとりがその人の身体と心のリズムに合わせた働き方をした方が、組織としての生産性も上がり、個人も快適で幸せな人生を送れるはずです。そうした方向性を目指す社会であってほしいと、科学者として願っています。

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2023.12.11

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