コラム

ウェルビーイングの高い
組織づくりと働き方

石川善樹(いしかわよしき)さん
  • 公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事
  • 石川善樹さん

人生100年時代と言われる中で今、Well-beingへの関心が高まっています。長年「Well-being」を研究してきた予防医学研究者の石川善樹さんに、企業や個人がWell-beingを実現するために大切なことを伺いました。


石川善樹(いしかわよしき)さん
石川善樹(いしかわよしき)さん

1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事。
「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著に、『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。

「働き方」ではなく「働きがい」「生き方」ではなく「生きがい」

グローバルにおいては近年、アイスランド、スコットランド、フィンランド、ニュージーランドといった女性リーダーの国々がWell-beingを国家の最重要戦略と位置づけ、Wellbeingと経済の好循環を創出しようとしています。

こうした世界的な流れの中で日本では、2021年6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2021(骨太の方針)」に「Well-being」という文言が初めて明確に提示されます。それを機に政府の各種の基本計画などにWell-beingに関するKPIを定めることが示され、政府省庁が動き始めました。

そもそもWell-beingは、客観的Well-beingと主観的Wellbeingに分けられます。そして今、社会や政治、企業、個人などあらゆるところで注目されているのは、主観的Well-beingです。客観的Well-beingはGDP(国内総生産)のように数字で表すことができるものであるのに対し、主観的Well-beingは個人が主観的に判断するもので、「自分にとって良い人生とは?」「自分にとって良い一日とは?」といった主観的な振り返りによって規定されます。

人生100年時代と言われる昨今、「生き方」「働き方」「学び方」というワードをよく耳にしますが、主観的Well-beingに当てはめると、「生きがい」「働きがい」「学びがい」という言葉になります。これらは主観的ですから、一人ひとり違って当たり前ですし、一人ひとりが「良い」と主観的に考えているかどうかが重要なのです。


主観的Well-beingの悪化は、組織や個人にとっても損失

実は、主観的Well-beingの悪化は社会の混乱を招くということが分かる研究データがあります。ここでは、国民のWell-beingについて調査したイギリス、ウクライナのグラフを参考に見てみましょう。

Well-beingについて調査したグラフ

まず、《 図1 イギリスにおけるWell-beingの推移(2006-2016)》のグラフを見ると、客観的Well-being(1人当たりGDP)は順調に右肩上がりで伸びています。一方、主観的Well-beingは2013年から急降下しています。このことから、客観的Well-beingと主観的Well-beingは必ずしも連動するものではないということが分かります。さらにここで見逃せないのは、主観的Well-beingが急降下した後の2016年にEU離脱が決定したことです。このように、主観的Well-beingが悪化すると後々の政治経済の混乱につながる事態は他の国でも観察されています。

《図2 ウクライナにおけるWell-beingの推移(2006-2016)》のグラフを見ると、客観的Well-beingはほぼ横ばいですが、2011年に主観的Well-beingが急降下しています。その後の2014年には「尊厳の革命」が起こり、その直後にロシアによるクリミア併合があって、現在の戦争へと至っています。
 
主観的Well-beingの悪化による混乱は、企業や個人にも起こり得ることです。たとえば企業において、従業員のWell-being度が悪化すれば、その人の生産性は下がりますし、休職や退職という事態になれば残されたチーム全体の生産性も下がってしまいます。

また、たとえ財務業績が良かったとしても、そこで働く従業員のWell-being度が悪化していたら、投資家や銀行は「この会社は先行き大丈夫だろうか」と心配になるでしょう。従業員のWell-being度の悪化は、企業価値の損失にもつながります。もちろん個人にとっても、仕事の効率が下がる、働けなくなるといった事態は、大きな損失です。ですから企業も個人も、主観的Well-beingを悪化させないことがとても大切です。


企業のWell-being向上の鍵を握るのは社内にいる「ポジティブな例外」

では、主観的Well-beingを悪化させないためには、どうすればいいのでしょうか。
主観的Well-beingは、「評価」と「体験」という2つの要素からなるものです。「評価」は「自分の人生をどう評価しているか」ということですから、先に紹介したような「やりがい」や「働きがい」ですね。一方の「体験」は、「日々どんな体験をしていると実感しているか」というものです。

Well-beingに関する調査の中では、アメリカの世論調査会社・ギャラップ社が140を超える国や地域で行っている調査が有名ですが、このランキングを見てみると日本の企業や個人の課題が見えてきます。
まず、「自分の仕事は、人々の生活をより良くすることにつながっていると思いますか」という「評価」についての質問では、日本は世界ランキング5位でした。7割以上の人が「はい」と回答していることからも、日本の就労者の多くは自分の仕事に対して「やりがい」を感じていると言えます。

一方、「あなたは日々の仕事に、喜びや楽しみを感じていますか」という「体験」についての質問では、世界ランキング95位と大きく順位を下げています。この2つの結果を踏まえると、「やりがいを感じているが仕事が楽しくない」というのが、日本の就労者における特徴の1つであることがわかります。
 
では、どうすれば仕事を楽しめるようになるのでしょうか。「楽しさ」は、「何を」やるかよりも「誰と」やるかが重要です。極端な例で言えば、好きな人とやるのであれば砂を掘って埋めるだけの仕事でも楽しいですよね。近年の日本の職場では、一緒に働いている同僚のことを「人として知らない」ということが増えていますが、たとえば「他己紹介」ができるような関係性があるかどうかがWell-being度に大きく関わっているのです。そのため、主観的Well-beingを悪化させないためには、チームリーダーが関係性をきちんとメンテナンスすることが何より重要だと思います。

Well-being

また、「チームのWell-being度を良くするにはどうすればいいのか」「自分のWell-being度を良くする方法が分からない」といった課題を突破するためのヒントは、実は社内で見つけることができます。

以前、製造業で働く派遣労働者の方々を対象にWell-being度のアンケート調査を行った際に気づいたことですが、給料が安くて仕事はつまらないという意見が大半を占める職場環境でも、少数とはいえWell-being度が極めて良い人たちがいたのです。仕事内容や環境は同じなのに、一部の人だけWell-being度が良いのはなぜなのか。その要因を調べたところ、プライベートタイムの過ごし方が決定的に違いました。たとえば、Well-being度が良い人に共通していたのが、自炊をしていることでした。他にも趣味があるなどの要因がありましたが、重要なのは、客観的条件が一緒だとしても主観的Well-beingは異なることがあるということです。企業の中にはこのような「ポジティブな例外」が存在するのです。
 
「ポジティブな例外」を見つけるにはまず、対象となる社内の人たちの客観的条件をそろえた状態で、主観的Well-beingが良いか良くないかを見ます。その中には、主観的Well-beingが良い人がいるはずです。次に、その人たちは他の人とは何が違うのかを見ます。それはちょっとしたマインドのもち方なのか、先ほどの事例にあった自炊のような行動なのか……と順に探っていけば、突破するヒントが必ず見つかります。


GDPと並ぶ重要な指標としてのGDW

日本では今、GDPと並ぶ新指標としてGDW(GrossDomestic Well-being:国内総充実)を推進していく動きがあります。

GDPが物質的な豊かさを測る指標であるのに対し、GDWは社会に生きる一人ひとりの主観的Well-beingを測定するための指標です。前出のイギリスやウクライナのグラフのように、GDPとGDWが同時にデータとして出てくるようになると、経済社会の動向を見る視点はより進化することになると思います。


石川さんにこれが聞きたい!「Well-being」な職場にするために、
いち社員としてできることって何ですか?

まずは自分の主観的Well-beingを高め、社内の「ポジティブな例外」になりましょう。
結果的に、職場のWell-being度を高めることに大きく貢献できるようになります。

たとえば営業チームの場合、営業の働き方そのものを変えるのは、とても難しいことだと思います。営業に限らずどのような職場でも、客観的条件を変えるのは大変なことですが、そもそも変えたいのは主観的Wellbeingですから、「Well-being」な職場にするためには、まずは一人ひとりが自分の主観的Well-beingを良くすることに尽きると思います。

個人が主観的Well-beingを高めるためにおすすめなのが、「ポジティブ・スケジューリング」です。やり方としては、まず1週間のスケジュールを書き出してみます。そして、その内容を見て、「良い」と思えるのならば主観的Well-being は良好だと言えます。反対に、「違うな」と感じるようであれば、どう改善すればいいのかを考えてみることです。その際、やるべきことではなく、楽しみになる予定を入れること。これが「ポジティブ・スケジューリング」です。

Well-being

実際に1週間のスケジュールを見てみると、「これでいいのだろうか?」と疑問に感じることがあっても、「変えようとは思わない」という気持ちになるかもしれません。これは私の限られた経験の中での印象ですが、「子どもがいるのだから仕方がない」「仕事量が多いのだからどうしようもない」などといった、変えられない理由があれこれ浮かんでしまう人が多いように感じます。

変えられない理由をつくり出しているのは「この環境だから、こうなっている」という思い込みでしょうし、会社、仕事、家庭といった大きな問題のせいにしていると、「変えるのは難しい」「変えられないのは仕方がない」などと、あきらめがちになってしまうものです。人間はどうしても、何らかの原因を大きな問題のせいにしがちですが、当然のことながら、大きな問題には大きな解決策が必要になります。そうなると、解決に向けての行動がなかなか実行されません。

主観的Well-being に立ち返れば、一番大事なことは「自分が、どうしたいか」です。1週間のスケジュールを見て「これでいいんだ」と納得できるのならば変える必要はありませんが、「何とかしたいな」といったモヤモヤした気持ちが残るのであれば、変える方向に目を向けてみることです。

もう1つ、移動するということも、主観的Well-beingを良くすることにつながります。たとえば、東京にずっといる人には地方の豊かさは分かりませんし、地方にずっといる人は東京の快適さはなかなか分かりません。いろいろな場所に移動すれば、いつも出会う人とは違う人々に出会うことができます。何より、いつもいる場所とは違うところに行くことで、自分が何者なのかを、まっさらの状態で見ることができます。それは、改めて「自分はどうなのだろう?」と考える良い機会にもなると思います。

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2024.07.04

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