Gakken×TOPPAN
AI図鑑アプリ「ナニコレンズ」共創プロジェクトを通じて考える BXとデータドリブン実現への難しさと真の価値とは[前編]
TOPPANと各社との対談で、日本企業のデジタルマーケティングの課題解決と未来を探るシリーズ。
今回は、学研ホールディングスCMO福田晃仁氏と、本件でPMOを務めた山田崇博氏をお迎えして、Gakken×TOPPANが共創した大人気AI図鑑アプリ「ナニコレンズ」開発事例を通じて、いま企業が取り組むべきビジネス・トランスフォーメーション(以下、BX)とデータドリブンの必要性、その進め方とは?について、TOPPANの担当者を交えて語りあっていただきました。
※「ナニコレンズ-学研の図鑑LIVE」アプリ は24年7月末を持ってサービス終了となっております。
スピーカー紹介
株式会社学研ホールディングス 執行役員CMO 福田 晃仁 氏 |
株式会社Gakken マーケティング本部 カスタマーディベロップメント室 兼 マーケティングデザイン室 山田 崇博 氏 |
凸版印刷株式会社 デジタルマーケティングセンター コミュニケーションデザイン本部 カスタマーマーケティング部3T 別府 知幸 |
※所属部署は2023年2月時点
「自分たちのビジネスをどのように変革すればよいのか?」「顧客の姿を捉えるために必要な仕組みを、どのように導入すればいいのか?」― 激しい環境変化の中で多くの企業が悩むこれらの命題に、BXとデータドリブンで挑んでいるのが、学研グループです。
その一例として、株式会社Gakkenが提供するAI図鑑アプリ「ナニコレンズ」は、日々のお散歩や公園遊びなどで子どもたちから上がる、「この生き物は何?」「これはなんていう花?」などの素朴な「ナニコレ?」という質問に答えてくれるアプリです。公開からわずか4ヶ月で9万人という驚異的なユーザーの伸びを示し、App Storeの無料ランキング「子ども向け全体」「子ども向け6-8歳」「教育」エリアで三冠を獲得。「子どもとデジタルをつなぐアプリ」として2022年 第9回デジタルえほんアワードにも入選したこの大人気アプリの開発には、TOPPANが携わっています。
【背景・課題】全社的なBX推進の中、「体験を提供する」図鑑アプリ開発を実行
学研グループは祖業である教育事業において、2020年11月に公表した3ヵ年計画「Gakken2023」で掲げた「新たなまなびの創造と多様な学習機会の創出」という経営方針の具現化に向け、BXを推進しています。経営課題にスピード感を持って取り組むため、2022年10月1日には組織を再編。新会社のGakkenと学研エデュケーショナルを中心に、学研塾グループ各社やGakken LEAPなど各社の総力を結集して、新しい教育サービスの創出拡大を目指しています。
2020年12月から同グループでデジタル戦略を統括するCMO(最高マーケティング責任者)を勤める学研ホールディングス 執行役員の福田晃仁氏は、「企業に必要なのはシステムを導入することではなく、デジタル化した顧客行動に対応すること。」と語ります。
―はじめに、福田様の考えるBXの定義についてお聞かせください。
福田氏:よく知られるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の他に3つ、AX・BX・CXがあることをご存じでしょうか。Aはアナログ、Bはビジネス、Cはコーポレート、Dはデジタルを指します。これらは並立ではなく、カテゴライズするとBXとCXは目的で、AXとDXはそのための手段という関係性です。ですので、いきなりDXをやると失敗する。手段が目的化してしまうからです。
―その上で、学研グループではどのように取り組みを進められているのでしょうか?
福田氏:当社にとって必要なのはBX(ビジネス変革)であり、DXはそのための手段ですから、まずは目的が何なのか、何のためのトランスフォーメーション(変革)なのかを、一度しっかり議論しましょう、と。これまでは書籍、例えばよい図鑑を作り、それを流通、書店に卸すのが当社の事業で、そこで終わり、というのが通例でした。そのビジネス構造をどのように変える必要があり、また変えたいのかについて、向こう側にいるお客様は誰なのか、そのためにはどのような体制であるべきなのかも含めて、徹底的に議論を重ねました。その結果マーケティング戦略室をホールディングスに設置し、4社統合したGakkenに50~60名規模のマーケティング本部を設置。この2部門が協働して、BXを定着させていこうとしています。
―その一連の取り組みの中で、図鑑にフォーカスした理由は何だったのでしょうか?
福田氏:1つはシンプルにタイミングです。一昨年の2021年、約1年後に新刊の図鑑が3冊(恐竜、昆虫、危険生物)同時に刊行されることが決まり、現状を打破したいという声が挙がりました。もう1つはなんといっても図鑑は当社にとって主軸の出版物であり、先輩方が蓄積した知見と受け継いだノウハウをバックボーンに、編集部の熱意も並々ならぬものがあります。僕らの子どもの頃は「図鑑は学研」という時代がありましたが、近年ではシェアが3位、4位と低迷していました。その順位になると書店が平置きしてくれなくなり、さらなる負のスパイラルに陥る危機感がありました。
―そこからアプリ開発プロジェクトに至る経緯を教えてください。
福田氏:TOPPANさんにお声がけする前に、まずは社内でコンセプトを固めるところにもの凄く労力をかけました。編集部から「図鑑の“体験”を提供する方向に持っていきたい」という意見がありましたが、具体的にどう実現させるかは、まるっきり白紙状態。そこをプランニングしようというところから始まりました。顧客に対しての図鑑の価値とは何か?それを探して、体験を結びつけて考えようと。
―紙の出版物とデジタルでは「体験の提供」と言っても、大きく違いますよね。
福田氏:そうですね。まずはマインドセットの違いに苦労しました。紙の書籍は作ったら終わりだけど、デジタルの世界ではずっとお客様と繋がっていられるんだよ、という話を何度もしました。若手スタッフにはその感覚がありますが、僕らの世代でもギリギリで、上の世代だとその感覚がなかなか理解できません。実際これまでのプロモーションイベントは一発やって終わりで、そこで何冊売り上げた、というのが成果。付録もDVDやフィギュアを付けましょう、といったものでした。それがデジタルのずっと繋がっていられるコミュニケーションの中で何がやれて、何を提供すればいいのか。この違いがあるから、体制ごと切り替える必要があります。編集と販売が分断されていてはダメですし、全然違う思考が求められるわけです。そこで編集、販売スタッフが部門を超えて集まって、時には衝突しながら、1回3~4時間、長いと5~6時間、お客様の誰が、どんなシチュエーションで、どんな体験をして、どこに価値に感じるのかを洗い直す作業を、ひたすら繰り返すという苦行を重ねました(笑)。
【開発プロセス】アプリ開発に際し、顧客の体験と価値を徹底的に議論
―アプリのコンセプトはどのように固めていかれたのですか?
福田氏:皆で親がいて子供がいて友達がいて、自宅や公園、親戚の家、銀行やカーディーラーの待ち時間とか、全部で160くらいのシチュエーションを洗い出して。その中で、親子が共通のインサイトを持つ接点が見つかりました。それが、子どもの「何これ?」。お父さん、お母さんが教えてあげる、わからないと自宅に帰って図鑑で調べて学習に結び付けたいと思う。ここが体験、インサイトとしてパッケージしやすいところだなと。そこに行きつくまでが大変でしたね。
―なるほど、それをアプリとして提供しようとなったのですね。
福田氏:そうですね。コンセプトができて、私がシステム的なストラクチャーを書いて。アプリ自体の画面イメージもなんとなく描けた。そこで、開発プロジェクトを立ち上げて。パートナーを探そう、となってTOPPANさんが登場する訳です。
―パートナーにTOPPANを選定された理由は?
福田氏:ここはアナログですが、知人の紹介です。かつての私の部下がいま、TOPPANで働いていまして、その方に「イケてる人出してくださいよ」と頼んだら、別府さんが出てくれました(笑)。当然、他社にもお声がけしましたが、ある程度体力があって、当社事業や企業文化との親和性まで視野に入れると、案外すんなり絞り込みできました。最後は、ご担当者の別府さんの能力適正と、我々との相性でTOPPANがいい!と。
―TOPPANに相談が来た時には、要件として、「こういうアプリを作りたい」というお話だったのですか?
別府:いえ、その前段のBXの方針であるとか、図鑑の体験を価値として届けたい、というコンセプトのところから福田さんに丁寧にご説明いただきました。その際、大まかなシステム要件もお伺いできましたので、我々としては後はそれをいかに合理的に実装していくか、拡張性をどうしていくのかが役割だな、と感じました。
―TOPPANとしてはご要望とシステム開発とを、どのようにすり合わせしていったのでしょうか?
別府:編集部の皆様はなにせ初めてのアプリ開発ですので、内部のご調整が難しかったのではと思います。僕としては、非常に面白いプロジェクトでした。皆さんの要望、意見が出たら、それに対し福田さんが客観的な、過去のご経験を踏まえた視点を入れていただきながら、それをTOPPANがまとめるという関係性でした。
―福田様はTOPPANの役割について、どのようにお感じになりましたか?
福田氏:骨子こそ決まっていましたが、詳細な仕様に図鑑の作り手のマインドを載せる、というのがTOPPANの役割で、別府さんはそのさじ加減が絶妙でした。例えばトップページにどの画面を持ってくるのかなど、編集スタッフには彼らなりの思いや着地点がある。そこをいかに引き出すか、というのをずっとやってくれていました。今回はデジタルのプロジェクトですが、紙の編集や印刷という両社のバックボーンの親和性みたいなものが・・・根底でつながっているというか、相性が良かったなと。TOPPANは編集者という人種をご存知で、そこがよかったのかもしれないですね。編集者はものすごい思考をしている。あらゆることを考えて、それを紙という媒体で、行間を使って表現している。その行間がデジタルに翻訳されたときに、機能として何になるのか、彼らはそれを表現しきれない。だけど、こうやりたい、ああやりたいというのはものすごい思考力で、考えがある。現代の顧客セントリックな考え方と、編集者の思考のオーバーラップがものすごくあるが、ここの翻訳のギャップがあるので、別府さんにはそこを引き出し、仕様としてまとめていただきました。
―山田さんはこの辺りで参画されたのですか?
山田氏:はい。PMOとして、プロジェクトが立ち上がり、開発が始まってからの参加でした。
―福田様はPMOとしての山田様に、どんなことを期待しましたか?
福田氏:編集部という組織は編集長が親方で、その横にいる販促部隊は「受け」の立場。ともすると立場が弱かったりすることもあります。しかし、常時顧客と繋がり続けるデジタルのコミュニケーションでは、そういう社内の力関係が足かせになってしまう懸念がありました。ですから山田には、この垣根を壊してマネジメントする視点を持ってね、とずっと言っていました。
―アプリの機能は、どのように詰めていったのでしょう?
山田氏:今回は図鑑をデジタル化したものではなく、読者がアクションするアプリ。ですので、アクションするときにあったらいいなと思う機能が、アプリの機能になっています。「こういう機能があるから使ってください」ではなく、読者が利用する場の想定から機能を作り上げていくイメージですね。
福田氏:アプリであれば、子どもが外で生き物を発見したときに親へすぐに見せることができるイメージができた。実は当初アイデアでは、他社全図鑑の掲載ページも載せようと考えていました。積極的、友好的排他種施策でやってしまおうと。それをTOPPANにもご意見いただきながら、ある程度パブリックに丸くしながら詰めていきました。
―アプリのネーミングは?
福田氏:「ナニコレンズ」という名前を発案したのは編集部。子どものナニコレとレンズをかけあわせた造語です。最初に聞いたとき、現場で起きるであろうお父さん、お母さんと子どものコミュニケーションを名前にしてくれたことに感動しましたね。
―開発のスケジュールは?
山田氏:キックオフが2021年11月、年内には正式発注というようなスピード感でした。機能に落とす予見フェーズに入ったのが、年明けくらい。3月くらいにはテストローンチしたかったのですが諸事情あって、正式ローンチは2022年6月。図鑑の新刊発売が6月末でしたので、ギリギリでした。
―プロジェクトの間のコミュニケーションはどのように?
別府:基本TeamsによるオンラインMTGで、リアルにお会いしたのは数回ですよね。毎週、定例会があり、議論があれば仕様としてまとめて次週に「こういうことですか?」と確認する、というやり取りを繰り返して詰めていきました。
―開発時に苦労したポイントは?
別府:「AIの仕組みを使い、読者が対象物をカメラで撮ると識別してくれて結果を返す」というのが、シンプルでブレない軸。それをいかに習慣化して使ってもらえるか、利用者はどんなUIが好みか、情報提供するときにどんなサービスにするかなどを議論しながら仕様化していきました。
福田氏:中でも、データをどのように集約して取り出すか。開発当初はアプリ側のデータ収集が少し複雑でした。「このデータがなんで取り出せない?」といったやりとりが続きました。AIの画像判定結果を返す際の「確信度〇%」というワードも、相当議論しましたね。
別府:同定精度の伝え方は悩みました。間違いや誤解を与えないのが大前提で、一定以下のしきい値のものをどうするかという議論を重ねて、結局「確信度」になりました。公開後のSNSではお母さんが娘を撮って「確信度99%・人だそうですw」とかあって、面白い。
福田氏:別府さんはそういう仕様固めの視点がピカ一でした。編集者達の思考を引き出してくれて、仕様として固めていくのは大変だったと思います。ローンチ前のAppleの承認周りも、時間がかかって大変でしたね。
別府:特に子ども向けアプリには、悪意から子どもを護るという視点で必要なペアレンタルゲートをアプリに設置しないといけないなど、Apple独自の基準があります。それ以外にもデータを取得してはいけない、ブラウザ判定されてはいけない、行動ターゲティングを広告に使ってはいけないなど厳しい審査があります。
福田氏:レスポンスの英文に抽象度があるので、他のアプリを例に挙げたりしながら、許容範囲を探って行きました。
後編では、「ナニコレンズ」公開後の反響、成果と共に、BXとデータドリブンを実現するための秘訣についてご紹介します。
2023.03.29